宇宙混沌
Eyecatch

虚言症


 最初から解っていたじゃない。僕が勝手に仕事を請けてたから、仕方なく来てくれたんだって。
 それに、今日の僕も道化の衣装だ。露店の主からかけられる言葉を否定する以外、何一つ真実なんて語っていない。
 だから平気でしょ? 全部予測済みで、想定内で、既定路線。解りきっている事に傷付く必要や意義なんて何処にも無い。
「……よし! 綿菓子を食べよう!」
 こういう所に来たら一度食べてみたかった。それに意識を集中させる為に、敢えて言葉に出す。
 目当ての店を探し出し、警備員の詰め所に戻って袋を開ける。千切って口の中に放り込めば、あっという間に溶けてなくなった。
 儚いと言うか、何というか。僕の気持ちも、いつか綿菓子みたいに薄れて消えてしまうんだろう。どんなに楽しい思い出も、どんなに悲しい出来事も、時が経てば色褪せて、当時胸を抉った衝撃は思い出せなくなる。
 実の所、恋心を認識してから、無意識の下心に我ながら辟易していた。「僕達組んだら絶対有名になれるよ!」なんてセールストークも僕の欲望の押し付けだ。もっと彼女やその家族に楽をさせてあげたい、という気持ちも、スツルム殿が望んでいないなら偽善でしかない。
 僕がスツルム殿に気付かせてもらった事さえ忘れなければ、別に彼女の側に居る必要なんて無いのに。
 結局僕はスツルム殿が欲しかったんだ。手に入れて、宝石の様に飾っておきたかった。
 でもその欲求がどんなに残虐なものか、僕はよく知っている。「そのままでいてくれ」も「こうあってほしい」も、相手を多かれ少なかれ縛りつける、言ってはいけない呪いの言葉だ。
 僕はスツルム殿の自由を奪いたくはない。けど、僕のやり方は正しく彼女を拘束するものだった。
 散々嫌がる事をしてきて、今更悔い改めますので貴女の方から選んでください、なんて都合が良すぎる。後味が残るなら、お互いに、苦くなくてすぐ消える方が良い。また喧嘩をする前に消えてしまおう、なんて思い始めた時だった。
「本当に甘い物が好きだな」
「スツルム殿」
 手にかき氷を持った彼女が現れた。かかっているシロップは真っ青だ。
「それ何味?」
「砂糖だな」
「人の事言えないじゃない」
「フルーツの気分じゃなかっただけだ。というか、ブルーアウギュステは定番だぞ?」
 訝しむ視線が刺さる。僕は笑って誤魔化した。夏祭り自体が初めてだなんて知られたらドン引きされそう。
「かき氷すぐ溶ける」
「そりゃ氷だからね」
 ここに運んでくるまでに溶けてしまった部分をストローで吸う横顔を見ていると、欲しいのかと訊かれた。
「そんなに物欲しそうな顔してた?」
「ん」
 問いには答えず、一杯掬って眼前に突き出してくる。良いのかな、間接チューになっちゃうけど。
「ほら、溶けるだろ」
 急かされて慌てて口に含む。綿菓子より甘いそれは、綿菓子と同じくらいあっという間に形を失う。ああ、そうだ。これっきりにしようと思ったんだっけ。
「付き合わせちゃってごめんね」
 せっせと小さな口に氷を運んでいたスツルム殿は、それを聞いて手を止めた。
「迷惑だよね。スツルム殿はコンビなんか組まなくても、一人でも十分強いもん。これが終わったら、もうギルドには行かないから」
「……なんで、いつも」
 返ってきた声は震えていた。
「あたしの気持ちを勝手に想像して、勝手に決めるんだ」
 その言葉は胸を抉った。
 スツルム殿が「もう来るな」と言った訳ではなかった。彼女は僕が付き纏う理由を問うていただけで。
 僕が諦めたんだ。彼女の気持ちにも、自分の気持ちにも向き合うことをせず。
「……ごめんなさい」
「謝って済むと思うな」
「ええ~。じゃあどうすれば良いの」
 スツルム殿は暫く手を止めていたせいで、半分水になった氷を搔き込んだ。立ち上がり、ゴミ箱にカップを放り込む。
「……ちゃんと訊いてくれ」
 その声は尻すぼみで、最後の方は蚊が鳴くようだった。
「あたしにだって都合が悪い時もある。お前の持ってくる仕事は詳細がわからない事が多くて、それも不安だ。それから……」
「それから?」
「……受ける覚えの無い親切は下心に思えて気味が悪い。お前は素性も良くわからないし」
 僕は苦笑する。下心はとっくに見透かされていたか。
「じゃあ」
 僕はまだシロップの甘さの残る口を開く。
「また一緒にお仕事してくれる?」
「割が良ければな」
「コンビについては?」
「今後の仕事次第」
「そっか……じゃ、また次に持ってく仕事を楽しみにしててね!」
「ああ」

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