虚言症 [3/6]
「なんだ!? 今の音」
「様子を見てくる」
あたしは今日の仕事仲間にそう伝え、一人戦線を離脱する。何か巨大な質量がぶつかる様な音。背後から敵の大砲でも来たか? 地形的に回り込んで攻めるのは難しい筈だが……。
現場に辿り着くまでに、再び同じ音が聞こえる。さっきよりも持続時間が長い。威力を増している……本番投入前の試し撃ちだろうか?
山の中を駆けていると、視界の隅で何かが光った。木々の隙間から見えるあれは……宝石?
道を外れ、斜面を下って近道した。近寄るとそれは、岩の上に置かれた見慣れた衣服で。
「ドランクの……?」
呟くと同時に、三発目が目の前の滝壺から上がった。滝壺の水をほとんど吸い上げる様に立ち上がった水柱は、耳を劈く轟音と共に消え失せる。
そしてその向こう側に、修行着を着て滝の真下に立っている人物が目に入った。向こうもあたしに気付くと、珍しく顔を逸らして叫ぶ。
「ちょっ、スツルム殿!? 髭剃ってないから恥ずかしい~~~」
「山籠りとは意外だな」
「僕も滅多にしないよぉ」
嘘。僕の魔法は威力が強いから、こんな山奥じゃなきゃ無関係な人や家畜に被害が出ちゃう。趣味の遺跡巡りも兼ねていた。尤も、最近はスツルム殿と一緒でなかなか来れなかったけど。
「着替えるから後ろ向いてて」
「もうやめるのか?」
「もう十分」
嘘。水柱の高さに納得していない。でも、集中が切れてしまったのは確かだ。
「スツルム殿はお仕事?」
「ああ。もう少し先でやり合っている」
「じゃあ早く戻ってあげなよ」
嘘。久し振りだし、本当はもう少しお喋りしていたい。でも、きっと仲間は彼女の剣を当てにしている筈だ。
嘘、嘘、嘘。もう駄目だ。僕は無意識に何らかのペルソナを想定し始めている。それが彼女に好かれるかどうかはともかくとして、それに沿った言動しか咄嗟に出てこない。
「さて」
濡れたままの髪を縛り上げた所で、まだ居たスツルム殿が振り向く。
「もうやだ~。恥ずかしいからあんまり見ないでって言ってるでしょ!」
「髭がか?」
「そう! 女の子はこういうの好きじゃないでしょ~」
違う。スツルム殿が見たくない訳じゃない。僕が見られたくないだけなんだ。
どうして素直になれないんだろう。それは……そうした所で物事が上手くいくとは限らないからだ。
だったら、嘘の仮面を、道化の衣装を身に着けた方が良い。そうすれば誰かに切りつけられたところで、傷付くのは僕自身じゃない。
「……まあ良い。仕事に戻る」
「気を付けてね~」
小さな背を見送って、ようやく一息つく。
嘘ついた事、怒られなかったな。やっぱり僕なんて居ない方が清々してるよねえ。
なんだか言いようのない息苦しさが胸を支配する。僕は最後に一回だけ、思いっきり魔力を込めて水柱を生成した。
「うわっ、またあの音」
「だんだん大きくなって……あ、スツルム! どうだった?」
「ドランクが魔法の練習をしていた。気にする事はない」
「マジかよ」
「あいつも陰ながら努力してんだな……」
「そうだな」
ただのへらへらした奴だと思っていたけど、意外と真面目なのかもしれない。そう考えると、先日たまたま機嫌が悪くて誘いを無下にしてしまった事が悔やまれた。
あいつの持ってくる仕事、いつも割が良いもんな。あれもあたしに気に入られたいが為の、努力の一環なのかもしれない。
と、戦場で何考えてるんだ。それに、好かれてるなんて自惚れて、そうじゃなかったら恥以外の何物でもない。目の前の敵に集中する。
気にする事なんて無い。最後に上がった水柱が、自分への当て付けのように聴こえたのも、幻聴だ。
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