宇宙混沌
Eyecatch

虚言症


 敵を騙すには味方から。そうして嘘を吐き続けていたら、いつしか自分が何者だったのかさえあやふやになってしまった。
 別にそれで良いじゃない。この達者な口のお陰で、食いっぱぐれずに済んでる訳だし。
 でもそう思えたのもこれまでだ。
『何なんだお前は!』
『え』
 アウギュステの夏祭りに合わせて、場内警備の仕事に行かないか。休憩時間は遊べるし、といつもの様に彼女を誘ってみた二秒後。虫の居所が悪かったのか、いつになく大きな声で怒鳴られる。
『言っておくが、相棒だなんてあたしは認めてないからな。夏祭りも恋人と行け』
『……やだなぁ、恋人なんて居ないよ』
『じゃああたしをそこに据えようって算段か? 随分軽く見られたものだな』
『違――』
『じゃあ何だ』
 僕は口を噤んだ。何が違うんだろう。そりゃ、普通に仕事の相棒なら、休み時間まで一緒に過ごそうなんて思わないよね。
 これが恋なのか、なんて初心な気付きを得て、そして、急に足元が覚束なくなった。
 僕はスツルム殿に、一体僕の何を愛してもらいたいのだろう。どのように見られたいのだろう。
『……今日の所は退散するよ。明日もまた来るね』
 それが彼女に吐いた最初の嘘だった。

 何も余計な嘘なんて吐かなかったら良かったんじゃない? また来る、なんて言って、スツルム殿が大人しく待っててくれた試しも無いのに。
 宝珠を握った両の手を大量の水が流れていく。滝行の最中だ。集中しなきゃ。
 夏とはいえ小一時間も滝に打たれていては手がかじかんでくる。宝珠を落とさない様にしっかりと握り、前へ突き出した。呪文を唱えると、滝壺からまるで竜の様に水が舞い上がる。
 ……もうちょっと、かな。僕は再び精神を集中させる。
 嘘で塗り固められた僕に唯一残る本当のもの、それはこの魔法だけだ。力は嘘を吐かないし、スツルム殿の興味の対象でもある。
 それ以外の何もかもが虚しかった。その場その場で名を、出自を、肩書を偽り続けた「僕」の事を、誰も覚えていてくれやしない。仮に記憶力の良い物好きが居たとしても、その人が覚えているのは僕の纏った道化の衣装だ。
 僕は本当の姿を知ってもらいたいんだろうか。わからない。けど、そうしたところで傷付くのは、いつも自分だという事だけは確かだった。

Written by