聖夜のグランサイファーにて [1/3]
「む、無理……」
僕はとうとうグラスを置いた。酒を呷ること四杯目。これはキツい。
「なんだ、君ももう音を上げるのか」
クリスマスだから、とグランサイファーに招かれた僕達は、イブに艇の食堂でどんちゃん騒ぎをしていた。
アオイドスという美麗な男に誘われ、彼が好きだと言う酒を勧められて飲んでいたものの、度数がえげつない。ゆうに七十パーセントを超えている。ロックで飲んでいたがキツい物はキツい。
「いや~……頑張った方だと思うぜ……」
隣の椅子ではラカムが半死である。彼はコップ半分飲んでリタイアしたらしい。賢明な判断だ。
「僕、密偵の仕事もするから毒とかお酒とかは訓練してるけど、これは駄目。本気で命の危険を感じる」
「俺もアルハラをするつもりは無い。だが、また飲みたくなったら言ってくれ。今日の為に沢山買ってきたんだが、俺以外誰も飲めなくてね」
そこでアオイドスは、ラカムとは反対隣に座る人物を振り返る。
「君は本当に良い飲みっぷりで、嬉しいよ」
「そうか? 普通に美味いからな」
ドラフは酒に強い人が多いけど、スツルム殿はその中でも破格らしい。十三杯目に口を付けているアオイドスと同様、彼女ももうすぐ二桁台に達しようとしているのに、その表情はいつもと全く変わらない。無だ。
「スツルム殿~。飲むのは良いけど体に気を付けてね……」
「わかってる。それに、今回は正月明けまでこの艇の世話になるだろ。久々にゆっくりできる」
「うんうん。ゆっくりして行ってよ」
話に入ってきたのは、この騎空団の団長、グランだ。スツルム殿は「そうだ」と言って荷物から小さな箱を探し出すと、彼に渡す。
「スツルム殿、何それ」
「何って……クリスマスプレゼント、だが?」
「ハァーーーーン!?」
何それ!? 何それ!?
「なんで僕にくれないのに団長さんにあげるわけ!?」
「お前はもう子供じゃないだろ」
「まさか毎年あげてたの?」
「悪いか?」
「悪くはないけど……ないけど! こう! なんか!」
自分でも酔っているのが判る。ラカムも突っ込む元気が無い程度には悪酔いしているらしい。
「あはは……。ありがとうスツルム」
「今年のは小分けできるやつだから、ルリア達にも配ってやれ」
何なのほんと、僕の事無視してくれちゃって……。
「あ゛~~~~。煙草吸って来る」
隣から空気を読まない、気の抜けた様な声が上がる。しかし、それで少し興奮が落ち着いた。
「大丈夫か? ふらついているぞ」
アオイドスが立ち上がったラカムを心配する。いや、酔わせたの君だよね?
「平気平気……っと……」
言ってるそばからラカムはよろけ、座っていたカタリナさんの背中にぶつかって嫌な顔をされている。
「おい、ラカム」
「僕も風に当たって来ようかな」
楽しそうに盛り上がっていたカタリナさんが、会話を中断して立ち上がろうとしたので、僕はさり気なく気を利かせた。尤も、寒いからラカムを甲板まで送り届けたら、借りた部屋に戻って休もうと思うけどね。
「じゃあね、スツルム殿。また後で」
「ああ」
僕は自分よりも図体のでかいラカムを引きずるようにして、宴の会場を去る。
クリスマスかあ。
両親から一度もプレゼントをもらった事が無い身としては、酒でも飲んでばか騒ぎでもしないと、やってられない。
飲みすぎた。
「……あれ?」
あたしは騎空艇の中で迷っていた。宛がわれた部屋の場所が分からない。ふらふらと当てもなく彷徨っていると、機関室の方に来てしまう。
艇は港に泊まっているのに、中で音がした。
「?」
何も考えずに扉を開ける。
「キャッ」
女の声。二つの人影。逢引中だったか、と気付き、詫びてまた扉を閉める。
聖夜だもんな。そういう気分にもなるか。
そう考えると妙に意識し始めてしまった。これから帰ろうとしている部屋は、ドランクと相部屋だ。
いや、別にいつもそうじゃないか。互いの裸だって大体全部見た事あるだろう、着替えや怪我の治療とかで。
でも、そういう態度で接してきたから、機会を逃してしまった気はする。あたしが無頓着すぎた。相部屋や相手が居る場所で着替える事に、最初抵抗していたのはドランクの方だ。なのにあたしは田舎育ちで、そういう事を気にするような性質じゃなくて……。
『相部屋で良いだろ、安いし』
『え!? 良いの!?』
最初に宿に泊まったあの日、ドランクは期待していたに違いない。結局、あたしにその気が無くて、というか思いつきもしなくて、何も起こらなかったが。
……いや、何も起こさないでくれたのだ。ドランクが最初からそういうつもりで近付いて来た事くらい、薄々勘付いてはいた。
長々と考え事をしていたら、少し酔いが醒めた。廊下の向こうから、一服し終わったらしいラカムが歩いてくる。
「もう寝るのか?」
「ああ。すまない、あたし達の部屋はどっちだ?」
「この艇もでかいからな」
ラカムに部屋の場所を教えてもらい、今度こそ部屋に戻る。扉を開けると、真っ暗だった。
眠い。着替えるのも面倒だ。騎空艇に着いてすぐに剣の手入れは済ませたし、このまま寝よう。
酔っていたんだ。そういう事にして。
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