第4話:翠の追憶 [4/4]
「さあ! 本日二戦目、セレスト選手とガマリエル選手の準決勝のお時間がやってまいりました~」
ラカムとジータが観客席で見守る中、二人の人物がリング上に姿を現す。今日はドランクは最初からフードを取っていた。
「……ねえラカム」
「どうした?」
「なんか変じゃない?」
「変って?」
試合後、すぐに駆け付けられる様に中央近くの座席に座ってはいるものの、舞台からは相当の距離がある。ラカムは目を細めてドランクの顔をよく見た。
「確かに妙だな……」
特に変わった所は無い。ただドランクは無表情でそこに立っているだけだ。だが、それが逆に奇妙である事は、短くない付き合いでよく解る。
「レディー、ファイト!」
ドランクは降参を求めなかった。二人の選手はそれぞれの刃を手に、間合いを詰める。
「おおっと? セレスト選手もいきなり攻撃をしかけた! しかしガマリエル選手の目にも留まらぬ身のこなし、攻撃を躱しつつこちらも仕掛ける!」
「とうとうやられたか」
「スツルム!」
客席の合間を縫って、スツルムが二人に合流した。バレンティンからの伝言を伝える。
「あいつ、多分主催者の魔法で操られている」
「主催者の魔法って……マジかよ、ドランクよりも上手の魔法使いとか」
ラカムが感嘆した様な複雑な声を上げる。
「相手のガマリエルは生死問わずの賞金首にもなっている強盗殺人犯だ。死なせてしまっても問題ない」
「いやそういう問題かよ」
「モニカがそう言っていた。それでラカム、頼みがある」
スツルムはバレンティンの作戦を伝えた。
「相手は人間のコントロールと、回復魔法に特化した魔術師だそうだ。魔法によるコントロールは、その血液を嗅がせたり飲ませたりする事で行うらしい。そもそも人間を喰らうのも、死体に魔法を施して自分の血肉とする為だそうだ」
ジータが嫌な顔をしたが、スツルムは無視して続ける。
「ゆえに中途半端な攻撃は通用しない。胴体に何ヶ所か穴を開ける程度では数秒で回復するそうだ。それに、血液そのものに魔法が仕込んであるから、ごく少量でも嗅げば錯乱する可能性がある。こっちが傷付けなくても向こうが自分で血を流せば操られる。接近戦で勝ち目は無い」
「じゃあ、どうすれば……」
スツルムはジータの顔を見る。そして、ラカムの顔を見た。
「これは、バレンティンからの、そしてあたしからの頼みでもある。ラカム」
「何だよ改まって」
「お前の狙撃の腕を見込んでの頼みだ。主催者の頭を狙って即死させてほしい」
沈黙が流れた。試合の実況アナウンスが響く。
「セレスト選手が左腕を負傷! 攻撃に支障は無さそうだが、気になる出血量だ、何処まで保つかな?」
「……そりゃあ、俺に人殺しになれって事だな」
「ああ。リーシャに銃撃許可は貰った。けど、お前が、罪に問われないから殺して良い、と考えられる人間じゃない事も、解っている」
解ってて頼んでいる。ドランクにはあの亡霊を殺せない。だから代わりに、なんて、都合の良い事を。
「頭を上げてくれ」
膝を突き、額を床に付ける程下げたスツルムを無理矢理起こす。
「俺の覚悟はある。あとは、団長がどう言うかだ」
ラカムはジータの顔を見た。
判断をお前に委ねる。俺はもう、お前を子供扱いしないと決めた。
そして、人殺しの俺を受け入れられるかどうかも、ジータが自分で選べば良い。
「……ラカム、お願い」
その言葉の続きを待つ。
「ドランクの事、助けてあげて」
ラカムは微笑み、ジータの頭を撫でる。
「それで、作戦は?」
「今、モニカ達に主催者の部屋を突き止めてもらっている。というか、場所は判っているんだ。行き方がわからない」
スツルムは上を指差した。最上階に大きなガラス窓のある部屋がある。白髪の人影が窓際に見えた。
「モニカ達は中からあの部屋に行って、奴を窓際に追い詰めて窓を割る。ラカムは闘技場の反対側から狙撃してくれ。あたしとアオイドス達が警護するから」
「私も!」
「ジータは決勝が終わったら、バレンティンと一緒に主催者の所に行け」
「なんで?」
「主催者との戦闘では必ず負傷者が出る。あのドランクが大人しく従う程度の力の持ち主だぞ? 主催者の速度に匹敵する回復魔法が使えるのはドランクじゃない、お前だ」
言い方こそ厳しかったが、そこにジータは信頼されている事を感じ取る。力強く頷いた。
「ガマリエル選手の蹴りがセレスト選手のボディにクリティカルヒット! 吐血した模様、ダウンするか?」
「好機だな」
スツルムがそう言って、視線をリングに戻す。ドランクはふらつきながらも相手の追撃を躱し、舞台の端へと逃げた。何かを企んでいる瞳。操作魔法を解除したのだ。
それからドランクは攻撃を止め、ひらりひらりと逃げ回る。ドランクの左腕から流れる血が、石造りの床の上に散らばった。
「セレスト選手、もう攻撃する体力が無いのか? これは勝敗が着くのも時間の――」
ドランクは暫く同じリズムで詰め寄られては逃げ、詰め寄られては逃げ、を繰り返していたが、最後にその逃げる動作を行わなかった。相手の間合いに入り、思い切り突き飛ばす。
「ガマリエル選手、リングアウト! 失格です!」
審判の声が響く。負けた方の選手が大笑いした。
「いやー油断した。久々に楽しかったぜ」
そう言って手をドランクに差し出す。ドランクも舞台を降りて、その手を握り返した。
「どうして俺には降参するか訊いてくれなかったんだ? 殺せって仕事でも請け負ってたか?」
「そんなんじゃないよ。でも」
ドランクは心底ほっとした様に息を吐く。
「殺さずに済んで、良かった」
ジータはドランクの腕を治療しに、引き揚げる彼を追う。その胸の内は複雑だった。
ドランクも、アオイドス達も、これまでの人生で非道い事をしてきたのは知っている。それでも手を差し伸べようと決めたのは、ジータ自身だ。
でも、結局皆そうなんだよね。あの準決勝の相手、強盗殺人犯だって言ってたし、此処で逃せばきっとこれからも罪を重ねるんだろう。けど、ドランクに握手を求めた時の表情は、ただ純粋に力試しを楽しんだ子供の様だった。この大会の主催者だって、ドランクの為に仕立てたナイフの話をする時、何かを慈しんでいるような声色だった。
人は皆、誰かの一面しか見ない。その一面の印象で、信じるに値するかを決める。ジータが信じている人達だって、他の人から見たらただの極悪人かもしれない。
そんな状態で、悪い人だからって殺して良いのかな。
「……団長さん」
ドランクはリングへと続く廊下で、自分で回復魔法をかけ始めていた。ジータは駆け寄り、その続きを引き受ける。
「ありがとう」
「ねえドランク」
その答えを聞くのは怖かったけど、訊かないといけなかった。
「主催者さんって、どんな人なの? ドランクにとって」
ドランクは視線を逸らし、言葉を詰まらせる。
「本当は死んでほしくないんじゃない?」
「……団長さんってさ、不思議だよね。本当に人の事を良く見てる」
卵色の垂れ目が苦笑した。
「でも、殺したいくらい憎いのも事実だよ。もう行かなきゃ。君も『亡霊』に目を付けられない内に戻って」
ドランクはそう言って立ち去った。きっと彼は、亡霊の悪い部分も見てしまったけれど、良い所も沢山見てきたのだろう。
ごめんね、ドランク。それでも私、貴方が死ぬのは忍びないの。
皆生きていて。そんな綺麗事を言えなくなったのは、大人になったって事なのかな。
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