宇宙混沌
Eyecatch

第4章:翠の追憶 [3/4]

「カッカッカ……」
 ベンジャミンのレイピアが、まるで宙を舞う様に繰り出される。血飛沫が上がった。
 彼等もまた、世間一般から比べれば異常者であった。俺は何度も脱退する事を考えた。
「一と、二と、三と、今日はこれだけですか。大した稼ぎにはなりませんね」
「まあでも、これでこの辺の強盗騒ぎもなくなるだろ」
 が、彼等は何をするにしても絶対に法律だけは守った。今日殺したのは、生死問わずで懸賞金がかけられていた賞金首だ。
「死体を切り刻むのは見苦しいですよベンジャミン」
「そうだなあ。鳴かねえしな」
 捕まれば音楽活動も何も無いから、というのはあるのかもしれないが、もうやっている事がめちゃくちゃだ。その癖、法律という檻は破れないという中途半端さが、逆に人間らしくて愛おしかった。
 ……せめて、セレストが今もそうであってくれたら……。
「おいバレンティン! 置いてくぞ」
「首運ぶの手伝ってくださいよ」
「……ああ」
 考え事をやめ、ジャスティンから一つ受け取る。
 俺がどんなに愚鈍でも、彼等は決して俺を置いて行ったりしない。彼等は別に俺の事を必要とはしていないが、俺を見捨てる事はない。
 だから俺は、二人の盾になる事を望んだ。
 俺は俺の為に役立ちたいんじゃない。居場所をくれる誰かの為に、できる事ならしたいんだ。

 十年後の夏の日、俺はやっとセレストに追いついた。
 その頃には、彼は昼間は有名な傭兵であり、夜は有名な殺し屋だった。尤も、同一人物だと気付いていたのは、熱心に追いかけていた俺くらいのものだろう。
 再会した時、セレストは昔の面影をそのまま残していた。うねる青い髪、背は高くないが伸びた背筋。どこか品のある顔立ちに、良く通る声。
 なのに、その心は変わり果てていた。彼はブランシュの口調を真似て、その本心を見抜かれない様にしていた。
 俺の方は声も姿も変わっていて、セレストは気付いてくれなかった。俺は結局、直接声をかける事すら出来なかった。
「いっそ俺を処刑してくれても良いんだぞ……?」
 俺がブランシュに唆されていなければ、彼はあんな風にならなかったのではないか? そんな思いが頭を過る。
 謝りたい事が増えた。なのにその後、再び彼の足取りは追えなくなってしまう。セレストがエルステの動乱に巻き込まれたからだ。俺は俺で、暴走してベンジャミンを追放したジャスティンの相手が忙しかった。
『しっかり支えろ』
 俺はベンジャミンの言いつけを守り通した。セレストの事は気がかりではあったが、俺にとってはベンジャミンやジャスティンの方が大切だった。

 その後騎空団に入り、彼と会う機会が増えると、ふと、もう良いではないかと思った。夏の日に会った時に比べたら、今は少しは昔の様に優しい心も取り戻している様に見える。それに、今更俺がジェイドだと名乗り出た所で、気を悪くさせるだけだろう。「ドランク」と「バレンティン」の関係で会話を重ねる毎に、どんどん言い出しづらくなっていった。
 だからもう忘れよう。そう決めて間もない時に、亡霊は現れた。
「君、セレストに会ったでしょ。今何処に居る?」
 声をかけられたのは、真昼の市場でのことだった。ベンジャミンとジャスティンが化粧品を見たいと言い、では俺はその間に消耗品を買い足しておく、と二手に分かれた所を狙われた。
 微かな血の臭い。ブランシュが手を伸ばしてくると、指に針で刺した傷があった。慌てて鼻を摘まんでも遅かった。
「どうしても会いたいんだよね~。ジェイドなら知ってると思って。追いかけて行ったでしょう?」
「……バルツの……」
 俺から必要な情報を訊き出し、亡霊は満足げに笑う。
「こんな簡単なカマかけに引っかかってくれるなんて、君、案外馬鹿だね。まあ、血を吸ってるからどっちにしろ嘘は言えないか」
 亡霊はくすくすと笑う。俺は俯いた。
「良かったら君も来なよ。――島で、あの時の戦いの続きを見せて欲しいな」
「バレンティン、どうした? 気分が悪いのか?」
 声をかけられて、顔を上げる。気付けばブランシュはもう居らず、買い物を済ませた二人が戻って来ていた。ジャスティンも珍しく心配そうな目で見上げてくる。
「……何でもない」
 教えてしまった。彼等の拠点の場所を。
 まずい。自分一人ではブランシュもセレストも止められない。ブランシュの言う「会いたい」はほぼほぼ「食べたい」だろう。それに、セレストはブランシュが生きていると知ったら、今度こそ殺そうとする筈だ。
 彼が闇に堕ちてしまったのは自分の所為だ。これ以上彼の手を汚す事は出来ない。
 そして俺は、ブランシュの共犯者として捕まる覚悟の上で、秩序の騎空団に手紙を書いた。

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