第4話:翠の追憶 [2/4]
「この店に、バンドメンバーを募集している傭兵が居ると聞いたんだが」
「ああ、あいつらね。そこのボックス席に座ってる美人と小さいのだよ」
それから何年後の事だったか。俺はセレストの影を追って闇の世界に身を置いていたのは良いものの、成果は今一つぱっとしなかった。声変わりを経た声は低く、体格にも恵まれたが、それだけだ。誰かと一緒に悪い事をするにしても、見た目と声で相手をびびらせるだけの役、というのが定番だった。
「すまない、お前達が……」
ベンジャミンとジャスティンか? そう問おうとした言葉は、彼等の髪の色に浮かんだ憂愁に押し留められる。
ロイ、ナイジェル。俺が殺したと言われても言い返せない。
「なんだァ? お前」
だが、振り返った赤毛は不機嫌そうな表情すら気にならない程の美人で、男の声をしていた。俺は我に返る。
「あ、お前達、バンドメンバーを募集していただろう? 貼り紙を見た」
黒髪の、まだあどけなさの残る少年が、品定めする様に俺を見てこう言った。
「ねぇ、貴方マゾでしょう?」
言うなり短剣を取り出して、俺の太股を軽く刺した。神経を伝わる痛みに、久し振りの快感を覚える。あれ以来、自分で自分を切る事が精神的に出来なくなってしまっていたから。
「よさないかジャスティン。初対面だぞ」
「でも悦んでますよ? この豚」
赤毛の美人は長い溜め息を吐いて、俺を振り向く。そして口の端を吊り上げた。
「こりゃ面白い。本当に悦んでやがる」
「あ、ああ、もっとくれ!」
「流石に店の中じゃ限度がありますよ」
ジャスティンと呼ばれた少年はナイフを片付ける。
「じゃあ早速、腕前を見せてもらいましょうか。外に出ますよ、ベンジャミン」
「ハァ? このクソ寒いのに?」
「この前も店の中で演奏して、一ヶ月の出禁を食らったばかりでしょう? 僕達みたいなのがゆっくり過ごせる店は少ないんですから、最低限のルールは守りましょうね」
言われてベンジャミンも渋々と立ち上がる。近くの空き地まで来た所で、ベンジャミンが肩にかけていたギターを寄越した。
「弾けるか?」
「……似た様な楽器なら、弾いた事がある」
「何でも良いから歌え」
俺は幾つかフレットを押さえて弦を弾いてみた。チューニングはされている。コードの指の位置が知っている楽器と少し違うか?
「後で直すから調整して良いぞ」
その言葉に甘える。調整し終えたところで、俺は昔の記憶を辿り寄せた。両親から習っていた曲の一つ。弾いた回数の多いクラシックの名曲を選んだ。
ジャスティンは首を傾げてそれを聴いていた。ベンジャミンは、明らかにこの曲を知っている風で、終わりを待つ。
「合格だ」
楽器を返すと、ベンジャミンは手早くチューニングをやり直す。
「合格なんですか?」
「ちゃんと聴いてたのか? お前よりは上手いぞ」
言われてジャスティンが眉根を寄せる。
「だが生憎、弦楽器は枠が埋まっていてな。お前にはリズムを頼む」
ベンジャミンは顔を上げて、今度はどこか温かみのある笑顔を作った。
「特にジャスティンが苦手なフレーズで走りがちだからな。しっかり支えろ」
「なんで僕が豚なんかに支えられなくちゃいけないんです?」
「一人で歩けねえからだよ、頭悪ぃな」
俺は何故だかほっとした。合格だ。その言葉が素直に嬉しかった。
下手糞ならあの両親の子供なのに何故と言われ、上手くなっても親の七光りと言われてきた。でも、彼等は俺の出自なんて何一つ知らない。それでも俺の演奏を認めてくれた。
「メンバーも揃った事だし気分が良いな。一曲歌うか」
言ってベンジャミンが弦を掻き鳴らす。出だしの音を聴いただけでもその力量が解るほどだった。
上手い。上手すぎる。こいつら、なんで闇の世界に居るんだ?
「そう言えば名前を訊いてなかった」
「バレンティンだ」
両親が死んで以来、呼ばれる事の無かった名を名乗る。
「よしバレンティン。お前を入れて今日から俺達は『残虐三兄弟』だ」
その理由を、俺は間も無く知る事になる。
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