第4話:空から降ってきた王子様 [3/4]
『お姉ちゃん』
呼びかけられて、私はピアノを弾いていた手を止めた。
『お姉ちゃんは、反対なの?』
『……決まってるだろ』
『どうして?』
『どうしてって……』
お前は、私を置いて行くんだ。このちっぽけな島の領主になる運命の私を。
弟は一歳の誕生日を迎える事もなく死んだ。赤ん坊が片手で数えられる年齢で死ぬなんて、別に珍しい事じゃなかった。それに片手で足りなくなったって、急に病に侵されて「大人にはなれない」と宣告される事もある。
そうしてこの家の跡取りは私一人となる筈だった。年頃になったら、適当な家から婿を取ろうと自分で決めていた。
『フェリ、そう固く考えるな。お前はお前の好きな事をして生きれば良い』
そう言う父の考えには賛同できなかった。父が死んだら、この島を統治するのは私だ。他に誰が居るんだ。
立ち上がり、窓から村を見下ろす。要望があるままに父が税金を軽くするものだから、おかげで家は貴族とは名ばかり。食いっぱぐれない程度の収入は確保しているが、フィラの治療や療養にもお金がかかるのに、一体何を考えているんだか。
私は、この島をもっと良くしたかった。多少税金が重くても、それで他の島から職人や医師や教師を呼んで、村を豊かにしたかった。
だって、一生縛り付けられて生きる場所が、辺鄙で小さな島だなんて、あんまりじゃないか。私にとっても、フィラにとっても。
『……お前、あの男と結婚しても良いって言うのか?』
『え?』
『父上達も昨夜話してた! もしフィラがそのまま見染められて――家の夫人になれば、お前もうちも安心だって』
長い沈黙の後、フィラがピアノの前に座る音がする。ポーン、と一つ音が鳴って、そこから良く弾いているお気に入りのクラシックを奏で始めた。
『私は此処に居ても、結婚どころかきっと恋も知る前に死ぬのよ』
『…………』
『お姉ちゃんは、その気さえあればいつだって屋敷も島も出られるわ。でも、私には最初で最後のチャンスなの』
言いたい事は解る。私がフィラの立場だったら、目の前に開かれた扉に飛び込まない手は無い。
『お姉ちゃん達と離れるのは凄く寂しいよ。でも、私、死ぬなら最後にこの空の外を見てから死にたい』
演奏が止み、フィラは立ち去る。私はそのままテラスに出て、森の中へ入った。
あの子に希望なんて見せて欲しくなかった。あの子はずっと、私の側に居てくれると思っていたのに。
『おや、フェリシア様』
『げ』
こいつの顔を見たくないから屋敷から離れたのに、何故か例の少年がそこに居た。思わず漏れた声を、足元の草を踏んで誤魔化す。
『こ、こんな所で何を?』
『ネモフィラ様に、美味しいキノコが生えていると教えていただきまして。食事が変わると容体が悪くなるかもしれませんし、食欲が無くても食べ慣れた物なら口に出来るかもしれませんから、少しだけ乾燥させて持って行こうかと』
『もう二度と食べられない物になるんだから、最後に悪足掻きの期待なんてさせないでくれ』
そう言って踵を返すと、名を呼ばれた。
『貴女は何か誤解している!』
左腕を強く掴まれた。私達はバランスを崩し、私は少年の下敷きになってしまう。
『これはとんだご無礼を!』
慌てて体を起こした少年の下から抜け出し、私は崖の方へ駆けた。
なんなんだあいつ。見境が無いったらありゃしない。
侯爵家の生まれという肩書があれば、何でもして良いのか? 爵位の低い家の娘に手を出したり、親元から引き離したり。
いや、違うか。それがあれば、周囲が喜んで協力してくれるんだよな。
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