第2話:秘密の結婚 [5/6]
「いやー本当に助かりました」
無事にドランクを救出した後、二人は町はずれの屋台で一杯やっていた。二時間後、始発の騎空艇でこの島を出る。
「そもそもなんで捕まったんです?」
「ちょっとお墓参りをね。してたら鉢合わせちゃって」
流石に一般人の家族相手に攻撃魔法は使えなかったらしい。家出から帰ってきたばかりの息子に、分刻みのスケジュールで仕事をさせる親とはえらい違いだ。
「お金持ちに生まれても大変なんですね」
「そりゃあね。お金持ちって、本当にお金が好きじゃないとなれないのよ」
富や、名誉や、権力や――結局それらの為に身を粉に出来る人間でなければ、それを手に入れる資格は無い。
「自分の代で使い果たすつもりで遊べば良いじゃないですか」
「そんな無責任な事出来ませんよ~家族も使用人も居るのに」
「見かけによらず、責任感が強いんですね」
「笑うでしょ?」
だから、自分の言動の責任が自分以外には及ばない所に行きたかった。そしてそうした。
「名前も、お金も、人間関係も、全部捨てた先で初めて、やっと生きた心地がしたんですよねぇ」
「でも結局、所帯持ちですか」
ふふっ、とドランクは笑う。
「それは僕とスツルム殿で決めた事なので良いんですよ」
さり気なく惚気られた気がして、ヴォルケはやれやれとまた酒を含む。
「ま、許婚の件が奥さんにばれる前に片付いて良かったんじゃないですか?」
「本当にね。まさか五年も待ってるなんて思ってなかったんで」
「相手はともかく、家の人にはなんて言って破談にしたんですか? スツルムの事を正直に?」
「うーん、それも考えたんですけど、そしたら無理矢理引き離されると思ったのでやめました」
ドランクは酒の入ったコップを回す。少し罪悪感を抱えた顔。
「結局ね、お金で説得したんです。相手が欲しかったのはうちの財産ですから。一回結婚した事にして、でも自分はすぐに居なくなるから、そうしたら契約不履行って事で慰謝料請求して離婚してくれって。半年くらい行方を眩ませたら、離婚事由としては十分でしょう?」
「なるほど。じゃあ今は書類上重婚状態なんですね」
「その方がよっぽど良かった。スツルム殿とは口約束以外交わしてませんもん」
ドランクも酒を呷る。飲んだところで、後ろめたさを忘れられる訳ではなかったが。
「僕もスツルム殿も、互いの本名すら知りませんから」
「……良いんですか? それで」
「良い。知らないものは、拷問されたって吐く事も出来ませんしね」
徹底してるな、とヴォルケは感心した。いや逆に、そこまで徹底しないと不安になるほどの事をやらかしたのか。
「……今回の事は、スツルムには黙っておきますので」
「ほんっっっと~に助かります! 後でちゃんとお礼しますので。何が良いですか?」
「貴方が一体何をしでかしたのか、教えてほしいですね」
ドランクの顔色が変わる。前を向き、残っていたつまみを平らげた。
「別に、なにもやってませんよ」
続いてコップの中身も空にする。ヴォルケもそれに倣った。
「ただ……知ってしまったんです。まだ誰にも気付かれていないみたいだけど、勘付かれたら口封じされるかもしれないし、口を割らされるかもしれない」
一介の傭兵が知るべきではない事に首を突っ込んでしまった。その時ばかりは、自分の好奇心を呪った。
「そうですか」
飲み終えたヴォルケが代金を支払う。ドランクが慌てて財布を取り出した。
「流石に奢りますよ。今の情報だけじゃお礼にならないでしょ?」
「後輩に奢らせるほど腐ってませんよ。祝儀と思って」
ドランクの分まで支払ったヴォルケに、礼を言う。彼が立ち上がってから、ドランクは屋台の主人に声をかけた。
「僕が此処に来た事、此処で話した事、全部秘密ね」
そう言って、酒の代金とは桁が違う額を握らせる。
「話したら、僕、貴方の事殺さないといけなくなっちゃうから。よろしくね」
裏通りで深夜営業をしていれば、時々こういう事もあるが、普段の客と違って穏やかな口調で言われたのが逆に恐怖であった。店主はぶんぶんと頷き、そそくさと金を仕舞う。それを見届けて、ドランクはヴォルケの後を追った。
「騎空艇来るまでどうします?」
「仮眠を取りたいです」
「じゃあ僕は起きてますね」
港の待合室の椅子に座り、ヴォルケは目を閉じる。夜が明けてきた。そろそろ眠りこけた衛兵が他の者に発見される頃だろう。
ドランクもヴォルケの隣に腰を下ろし、騎空艇が来るのはまだかまだかと待ち焦がれた。
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