第2話:秘密の結婚 [3/6]
綺麗な島だった。ヴォルケは例の手紙に返事を書く前に、様子を探ろうとドランクの実家がある町へと赴いた。
ドナはああ言っていたが、これまでもずっと、パトロンの話は全て断っていた。傭兵が特定の一族や団体から支援を受ければ、そこと敵対する立場から雇ってもらえなくなってしまう。つまり、ドランク個人からの損害賠償の支払いなら受け付けるが、何か裏があるとか、そもそもドランクとは関係無い話であれば、断る以前に無視してしまいたいのだ。
「……大きな屋敷」
丘の上の森に半分埋まるようにして建つその館を見上げる。偵察するなら夜だ。ひとまず一服して早めに休もうと、ヴォルケはレストランのテラス席を確保した。
道行く人々の会話に耳を欹てつつ、出された料理にナイフを入れる。食べ終わり、追加注文したコーヒーを味わっている時に、その声は聴こえた。
「明日の予定は?」
ドランクの声だ。姿は見えないが、間違いない。通りの向こうから歩いてくる。
暫くすると、三ブロック程先の角を曲がってきたその姿が見えた。夏なのにジャケットを着て、ステッキを片手に持っている。ドナに斬られて短くなった髪の毛も少しは伸び、上品に編み込んでピンで留めていた。
隣を歩くのは秘書だか執事だか知らないが、何やらみっちりと分単位で刻まれた予定を、ポケットから出した手帖から読み上げる。ドランクは彼に見られない角度に顔を傾け、口をへの字にした。
何はともあれ、事故や事件ではなくて一安心だが、事情のめんどくささはあまり減っていないな、とヴォルケはコーヒーを啜る。気付いてもらえないか見つめていると、流石にドランクも傭兵だ、一ブロック進んだところで己に向けられている視線を感じ取った。
『監視が厳しくって』
眉を下げ、口パクでそう言う。ヴォルケだって傭兵だ、読唇術くらい出来る。注意して周囲を確認すると、確かに、隣を歩く使用人以外にも、護衛が何人か離れて歩いていた。
「昼頃に一時間程空けられませんか?」
ドランクは読み上げ終わった使用人に問う。
「一時間もですか?」
「食事の時間と被っても良いので」
「では、十二時から……。何の予定でしょう?」
「この前言っていた、ギルドへの資金援助の話をしに」
「返事はまだ来ていない筈ですが」
ヴォルケはぴんと来る。なるほど、出て行く手紙も入って来る手紙も、検閲されているのか。
ドランクは困ったような笑みを浮かべる。
「貴方も、僕がお母様と食事をするのが好きではないって、ご存じでしょう?」
この使用人は、比較的話が通じる方らしい。やれやれ、と肩を竦める。
「では、そういう事にしておきましょう。店は何処にいたしましょうか?」
「高くない所で良いし、自分で適当に取りますよ」
丁度ヴォルケの隣までやってくる。ドランクは足を止め、テラスを見上げた。
「このお店も、いつも前を通るだけで気になってたんですよね」
ヴォルケはあくまでも、その場に居合わせただけの客の振りを続けた。ドランクは再び歩き始める。
明日の十二時にこの店で。さて、あの監視の中、どうやって会話しようか。
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