第1話:白の亡霊 [4/4]
「お疲れ様。しかしもうちょっと試合を盛り上げてくれても良いんじゃないかな」
ドランクは試合が終わると、主催者の居る部屋へと上ってきた。関係者以外は立ち入り禁止の、厳重なセキュリティが敷かれた場所にある。
「……まだ信じられないって顔してるね」
窓からスタジアムを見下ろしていた主催者が振り返る。さらさらとした白髪が揺れた。
「信じられないよ」
ドランクは奥歯をぎりっと噛み締める。
「だって、貴方の事は……」
この手で殺した筈なのに。
主催者は声を上げて笑う。
「殺し屋として名を上げた君ならもう解るでしょ? 人間ねえ、腹を二回刺されたくらいじゃ死ぬどころか意識も失わないの。君が尻尾を巻いて逃げ出した後、回復魔法ですっかり元通りという訳」
エルーンの男は服を捲り上げ、綺麗な肌の胴体を見せ付ける。
悔しいが、ドランクは主催者を睨み付けるだけで、手は出さなかった。呼び出されて面会した時に一度倒そうと試みたものの、容易に攻撃を跳ね返されてしまい、挙句治療までされてしまったからだ。
自分より強い相手。もう長らくそんな者とは出会っていなかったドランクは、正直に言って対応に困っていた。
『僕の事殺したいでしょ? 良いよ、君が優勝したら改めて決戦の機会を与えようじゃない』
そう言われたら、勝ち進むしかない。それまでの道で降参者を募れば、結果的にこのトーナメントでの負傷者も減らせる。
「明日こそは君が戦っている姿が見たいねえ。僕が教えた剣術がどのくらい身についているのかも含めて」
「……僕は明日も、今日と同じ様に試合に臨みます」
「何言ってるの。殺せば良いじゃない? だってそれが」
君の生来の、本性だ。
近寄って耳元で言われ、ドランクは思わず氷の刃を錬成した。下から上へ斬り込んだが、再び軽く躱されてしまう。
「感情的な動きは相手に読まれるよって、何度も言ったでしょ?」
どうすれば勝てる? 仮に優勝したってこの力量差では勝ち目がない。どうすれば。
主催者は服の皴を直すと、椅子に座る。
「良い加減認めなよ。勝手に殺し屋に身を堕としたのはセレスト、君だ」
ドランクは言われて、俯く。そうなのかもしれない。
この人を殺めたと思って、冷静な判断力を失った。彼という後ろ盾が居なくなった事で、再び貧困という恐怖にも苛まれるようになった。
人を殺した。ゼロが一になった。もう何人殺しても同じ事。
そして自ら闇の世界に飛び込んだのだ。誰か自分を雇ってくれないか。殺しでも何でもするから、と。
「僕の所に居れば、君が生涯で殺めるのはジェイド一人だけ、いや、誰も殺さなくても済んだかもしれないのに」
その言葉にドランクは顔を上げる。
「そうだ、ジェイドは? 彼は今どうしているんですか?」
主催者は意味深に笑う。
「君が思っているよりも近くに居るよ。さあ、もう休みなさい。明日からの相手は今日よりも強者だよ」
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