疑心暗鬼 [4/5]
「……もう良い」
ドランクの尻を刺した剣を下ろす。
「スツルム殿?」
ドランクは目を丸くし、腰を低くしてあたしの顔を覗き込む。マントの裾が地面に擦れた。
「もう良い」
「何が?」
言葉が出ない。踵を返し、宿へと戻る。ドランクは後を追いかけてくるのかと思いきや、そのまま予定通りに買い物に向かったようだ。
宿の枕に顔を埋めて、ただ時が流れるのを待つ。結局、ドランクだって用事が済めばこの部屋に帰ってくるのだ。逃げ場所としての選択を間違えてしまったので、時があたしの気持ちを鎮めてくれるのを祈るばかり。
小一時間程して、ドランクが戻ってくる。買い出してきた荷物を机に並べる音が止むと、ベッドに腰掛けたのか体の右側が沈んだ。
「僕、スツルム殿を怒らせるような事したかな?」
した。沢山してきた。でも上手く言葉にできない。
あたしはドランクの言動に怒った、それは事実だ。でも、その殆どで、ドランクの行動自体が悪かったわけではない。そんな事は自分が良く解っている。
「……すれ違った女の事見てただろ」
やっとそれだけを言う。それは責める正当性がある筈だ。
「え? ああ……」
ドランクは認めると、ベッドから立ち上がった。机の上に置いた箱の一つを取って戻ってくる。
「大きなイヤリング、スツルム殿にも似合いそうだなって思って……」
枕元に何かが置かれた。顔を上げれば、蓋の開いた浅い箱の中に、十字を模ったイヤリングが二組。
「ちょっと行ったところの露店で売ってるの見えたから……」
「……物で機嫌を取ったら良いと思ってるだろ」
あたしは再び枕に顔を埋める。
「お前はどうせ、都合が良いからあたしと付き合ってるんだろ。あたしとしてれば余計な金も落とさずに済むしな」
イヤリング代なんて、夜の店の相場からすれば高が知れている。付かず離れずの距離を保ったまま飼いならされるのは、もう……。
「どうしてそんな事言うの?」
突如冷えた口調が刺さる。あたしは何を考えていたのか忘れてしまった。
「僕の事そんなに信用できない?」
「……まあな」
「じゃあどうしたら信じてもらえるの?」
ドランクがベッドの横にしゃがんで、耳元で問うてくる。真面目な声色。
どうしたら信じられるのかって? まめに好きだと伝えてほしい……いや、それは毎日のように言われているな。もっと優しく……これ以上甘やかされるポイントがあるか? 手を握ったり抱き締めたり……それも人目の無い所では強請らずともやってくれている。
わからない。ドランクはこれ以上ないくらい愛情表現をしているじゃないか。
「スツルム殿は……君が自分自身を好きじゃないから、僕が君を好きだって事を信じられないんでしょ?」
その言葉は深く深く胸に刺さった。全く……その通りだ。
ドランクが欠けているのではない。あたしが、あたし自身が欠けていると思っているから、ドランクがその瑕さえも好きだと言うのが理解できないのだ。
「僕は君に君のままでいてほしい。ありのままの僕を好きでいてくれとも思わない。けど、正答の無い課題ばっかり押し付けられて、君も問題を考える事ばかりに一生懸命になってくのは、僕は嫌だよ」
溜まっていた物を吐き出すかの様にドランクが一気に言葉を連ねた。
そうだな。きっとドランクだって努力はしてきてくれたのだ。そう思うと勝手に枕が濡れる。
「……ごめん、僕もちょっと頭冷やしてくる」
ドランクは部屋を出て行った。あたしはまた小一時間程、枕で息苦しいまま過ごす。昼食を求める腹が音を鳴らして主張してきた頃に漸く起き上がると、ドランクを探しに街へ出た。
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