それからずっと、あたしは怖かったのだ。
出逢い方が最悪だった、という色眼鏡を外して見れば、ドランクは良い男だった。それも、誰に対しても、だ。
魔術にも戦術にも長けていて、自立している。酒も煙草もやらないし、女……はちょっと分からないが、人当たりは最初に会った時の印象とは打って変わって、かなり柔らかくなっていた。
「スツルム殿」
そう言って笑いかける顔は、あの森で会った日の冷たい表情ではない。
だからこそ怖かった。すれ違った女達が、ドランクを振り向いてはひそひそと話をするのを、何度見ただろう。見た目だけじゃない。ドランクは強いし、それなりに金も持っているし、まめな性格だし、つまりは一般的な恋人として非の打ちようが無かった。
なんであたしなんかと付き合ってるんだ?
少し会えない日が続くと、すぐ憂鬱な気分になる。いつもは史跡巡りだの、密偵の仕事だの、行先をちゃんと教えてくれるのに、時々、何処に行くのかも告げずに長くバルツを離れる事があった。
行く先々で女と遊んでいるんだろう。そんな想像が頭から離れない。だって、帰って来たドランクはいつも、花の香りを服に纏っていた。
ドランクだって、あたしみたいに血生臭くてがさつな女じゃなくて、良い匂いのする香水を付けた、おしとやかな女の方が好きなんだ。絶対そうだ。
なのに口先だけは、人前でも構わず突然好きだのなんだの言ってきて。全然誠意が感じられない。
……でも、これ以上何を望むのだろう。ドランクはあたしが望めば何でもしてくれるじゃないか。願いや強請りを無下に断られた事なんて一度も無い。
「恋人、か……」
それ以上になったら、彼があたしのものになってくれた、と思えるのだろうか?
きっと思えない。結婚したら一時的には苦しみは軽くなるだろう。でもまた暫くしたら彼の軽薄さに嫌気が差して、今度は子供が欲しいだのなんだの、あたしの理想を押し付けるに決まっている。相手だって人間だ。全てあたしの思い通りに振る舞ってくれる筈も、それを求めて良い理屈も無い。
……理想?
あの日のあたしは、何を以てドランクを理想だと思ったのだろう。