宇宙混沌
Eyecatch

生きてて良かった

「ごめんね同じ部屋になっちゃって」
「仕方無い」
「いやでも、観光シーズンなんだしちゃんと予約しとかなかったの僕の責任だから」
「謝るな。いつもお前に任せっきりだからな」
 仕事を終え、宿で一服する。スツルムは鎧だけ外して剣の手入れを。ドランクは服を緩めて、先にシャワーを浴びた。
「お前背中見せないんだな」
 風呂から上がってきたドランクがヒューマン用のシャツを着ているのを見て、スツルムは何気なく呟く。
「背中にも酷い傷があるんだよね。肩と二の腕の後ろも」
 鬱陶しい前髪の下もそうなっている事は、スツルムも知っていた。そういう仕事だ。スツルムは、まだ自分には大きな傷がついていない事が奇跡だと思った。
 何故だろう。簡単だ。前線で何度か、同僚の男兵士達に庇ってもらった。彼等に差別する意図は無いし、スツルムにも甘えるつもりはない。それでもドラフ女の体格では、庇うよりも守ってもらう方が向いている。
 中にはそれで、瀕死の重傷を負った者も居た。顔ははっきり覚えていないが、黒い短髪のエルーンだった。
「……誰かを庇ったのか?」
 ふとそう言っていた。
「よくわかったね。衛生兵の、ちっちゃな女の子が這ってるところに、砲撃があって」
 ドランクは青い髪をタオルで拭きながら、二つあるベッドの空いている方に座る。
「まだ魔法がそんなに上手くなかった頃でさ。覆い被さって、その時はその子は無事だった」
「そうか」
 その時は。その後の戦闘で結局死んだのだろうか。
 そんな切ない気持ちよりも、妙な苛立ちが胸を焼く。スツルムの為なら何でもしてくれそうなこの男は、つまるところ誰に対しても優しいのだ。ドランクはスツルムが死にかければ、命と引き換えにしても救おうとするだろう。けどそれはきっと、目の前で他の誰かが倒れた時も同じ事。
 それがドランクの愛すべきところで、今この瞬間のスツルムにとっては、憎たらしいところだった。
 嫉妬だ。剣を磨き終わる頃、スツルムは自分の気持ちの名前を思い出し、歯噛みする。よりにもよってこんな妙な男に惚れてしまうなんて。
「その子元気かなあ。僕、意識失っちゃってさ。その子がそのまま運んでくれて、担架の上で目を覚ましたんだ」
 ドランクは聞いてもいないのに話を続ける。
「色々励ましの言葉を言ってくれたな。また会ったら何でもするって言うもんだから、じゃあキスしてって答えたっけ。今思うと、子供に言う事じゃなかったな」
 前線の兵士達は愛や生に飢える。死にゆく朋に口付けをねだられて落としてやる事も少なくなかった。
「会えなかったのか」
「僕はそのまま病院に送られて、お役御免になっちゃったからね。彼女も生き残ってる事を祈るよ」
 話が途切れたので、スツルムも風呂に入る。ざあざあと床に流れるシャワーの音が、あの日進軍していた森の音に聞こえた。
 スツルムは長い髪をおさげにして、地面を這って進んでいた。敵からの銃撃を掻い潜り、前へ。
 そうだ。その仕事では衛生班だった。双方飛び道具を用いた戦闘で、剣しか扱えないスツルムは戦力外だった。しかし体力があり応急処置が出来る人間は、直接戦闘以外でも役に立つ。
 スツルムは足を撃たれた狙撃兵の救出に向かっていた。そこに突然、何かがのしかかってきた。間髪入れずに閃光と熱風と爆音。そして背中の重みは増える。
 あえて死なない程度の負傷をさせ、それを救出しにくる兵を殺していくという戦術があることは、後で知った。だからといってなんだ。衛生兵としての仕事は放棄できない。
 とにかく狙撃兵より先に、背中で気絶している兵をどうにかしなくてはいけなくなった。後方に下がって、他の衛生兵に引き上げてもらう。爆発物の破片が背中を中心にいくつも刺さっていた。
 応急処置をして担架に載せると、若い兵士は意識を取り戻した。
『僕死ぬの?』
『死なない』
 咄嗟に言ったが怪しいところだった。切り傷よりも火傷が心配だ。
『死ねないのかあ』
『病院で医者がちゃんと診てくれる。生きて帰って母親に顔を見せてやらなきゃ』
『あー……そうね』
 今にも消え入りそうな声で返されて、何でも良いからこいつの覇気を取り戻さないとと思った。
『助けてくれた礼だ。また会えたら、その時は何でもしてやる』
『じゃあキスしてくれる?』
 スツルムの顔が赤くなる。
『冗談』
 そのうちスツルムは仲間に呼ばれる。長話をしている場合ではなかった。戦闘が一段落して基地に戻れば、負傷者は全員車で運び去られた後だった。
「……黒髪、だったよな?」
 あまりに似すぎている話に、自分の記憶を疑った。
「ドランク」
「なに?」
 部屋に戻ると、ドランクは書き物をしていた。スツルムから話しかけてくるのは珍しいので、手を止めて向き直る。
「その青い髪、戦場では目立つよな?」
「ああ、うん。あだ名になるくらいだしね。一兵卒だった頃は染めてたし、伸ばしてなかったよ」
「やっぱりそうか」
 スツルムは納得した。言われれば自分も、赤は目立つから泥を塗って茶色くしたりはしょっちゅうしていたじゃないか。
「何が?」
「あたしだ」
「うん?」
「お前が庇った衛生兵。三つ編みの一本お下げだっただろ?」
 ドランクは暫く記憶を辿った後、スツルムに問う。
「キスしてくれる?」
「冗談なんだろ?」
「ええ~そのくらい優しくしてくれても良いじゃな……」
 うるさい口を黙らせる。暫く無言が続いて、どちらからともなくこう言った。
「生きてて良かった」

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