僕はスツルム殿に教える事をやめた。スツルム殿は相変わらず僕に触れようとしてくるので、その時はただ黙って好きにさせておいた。僕の反応が薄いと、そのうち自然と諦めてくれる。
「今日も帰って来れないかも」
少しだけ、彼女と距離を置きたかった。そうすれば、あの日考えてしまった余計な事もそのうち忘れられるのではないかと思って。
「そうか」
行ってきますも言わなかった。今夜も偽物の恋人と共寝をする為に、僕は歩き慣れぬ街へと出かけた。
「でかしたぞ。よくぞここまで訊き出してくれた」
案外早く終われた。標的に置き手紙をし、未明にベッドを抜け出して依頼主の所へ。何やら急いていた様子だったから、サービスだ。
「早く持って来てくれたし、報酬を上乗せしてやろう」
言って依頼主は報酬の袋に金貨を幾らか増やし、僕に渡す。
「それじゃあ、僕はこれで」
踵を返す。置き手紙に別れの口実も書いて来たし、スツルム殿の待つ宿に戻って一日眠ったら、この街を発とう。スツルム殿ももう仕事が無いって――
「……く、そ」
思考は背中から腹へと貫かれた痛みで中断された。ぼと、と報酬を取り落とす。袋は徐々に赤く染まった。
「知られたままだとまずい情報なんでね」
口封じか。油断した。
依頼人は僕に刺した剣を抜こうとしたが、上手くいかなかったのか腰に提げていた短剣に手を伸ばした。その隙に僕は全身全霊で魔法を使う。
「なっ!?――」
断末魔さえ上げる暇を与えなかった。黒焦げになった死体を一瞥し、僕は報酬を拾う。
帰らなきゃ。スツルム殿の所へ。だってそこしか居場所なんて無いんだから。
朦朧とする意識の中、なんとかして身体から剣を抜いた。とりあえず傷口を焼いて塞ぐ。
同じ建物の別の部屋で物音がした。此処で治療までしたかったけど、見つかる前に逃げるのが先か。
帰らなきゃ。帰らなきゃ。
僕はその一心で、ただただ気力だけで歩を進めた。