宇宙混沌
Eyecatch


 いつもの悪い癖だ。床の上でさえ自分が優位な立場に居ないと不安で仕方ない。
 女の子が息をつく間も与えずに、煽って、口付けて、擦って、奥を掻き混ぜる。相手も善がってるんだから良いじゃない。所詮は一夜限りの愛だ。
 でも今回は違うでしょ。
 醒めた頭で自分が作り出した状況を眺める。髪と同じ色の下生えは濡れそぼって、その下から流れる二人分の体液がシーツに染みを作っていた。混じる白と赤に初めてを貰ったのだと改めて認識し、いつもは異種族相手でも付ける避妊具の存在すら忘れていた事に気付く。
 白い肌はあちこち鬱血しているが噛んだり吸ったりした記憶は無く、完全に無意識だった。普段は痕を付けたりなんかしないのに。
 優しくしてあげようと思って手加減する気持ちは二、三度奥を突いた辺りで有耶無耶になってしまって、その後の記憶は殆ど無い。
 満足して吐精した筈なのに、薄っすらと湧き上がる背徳感が僕を不安にさせた。
「スツルム殿」
 懇願する様な声が出る。荒い呼吸音が響くだけで、返事は無い。
 汗なのか涙なのか、とにかくぐしゃぐしゃになった顔を拭いてあげる。とろんとした目はあまりにも無防備で、今しがた絞りきった筈の精をまた吐き出させようと誘う様だ。
「大丈夫? 痛かったでしょ?」
「ん……」
 何方とも取れない返答をして、スツルム殿は僕の肩口に顔を埋める。触れた唇が動いて、好き、の二文字を形取った。
「……うん、僕も」
 僕はそのまま小さな体を抱き寄せて、昨夜よりも近い距離で僕達は眠った。

 田舎での営業はろくな事がない。僕達は、政権が変わって活気があるというエルステ帝国の方へ行く事に決めた。
「お前達、体の関係もあるわけ?」
 長くなるので、その前にギルドに挨拶しに行きたいとのスツルム殿の希望を呑んだ。そしてドナさんに言われた言葉がこれだ。スツルム殿が席を外した隙に、言いたい放題してくるんだから全くもう。
「だったら何なんですか」
「何なんですか、じゃないってば。ラブホに仲良く入って行くのが傭兵仲間にも見られてるよ、何回も」
「だってその方が安いってスツルム殿が言うから」
「ははーん、じゃあ別に何も無いってこと」
「いやそんな事はないですけど」
「ふーん?」
 ドナさんの表情は変わらないままだが、音が聞こえるくらい拳を握られる。
「大体ドナさんに何の権利があって口出ししてるんです?」
「別にー? 自由恋愛にあれこれ言ったり、異種族がどうのこうのって古臭い事も言うつもりは無いけどさぁ、お前の女性遍歴を思うとねぇ」
「……以前ギルドの女性達を一通り味見した件については陳謝します」
「そうそう、私とスツルム以外のね。おかげでお前を取り合って、仲間割れした女メンツが減ったんだから~」
 棘しかない口調で言われる。事実だから何も言い訳出来ない。
「ま、お前が腰を落ち着けたって言うなら良い事だと思うけどね。そんなにスツルムの具合が良いわけ?」
「人を性欲の塊みたいに言わないでくださいよ、ちゃんと相思相愛なんだから。取っ替え引っ替えしてたのは本っ当~に悪かったと思ってるので」
「へー相思相愛ねぇ。浮気したら承知しないからね」
「それはスツルム殿に言ってもらいたいな~」
「何をだ?」
 スツルム殿が戻って来る。話を聞かれたかもしれない不安よりも、着替えてきた彼女の服装に意識が奪われた。
「似合うじゃん」
「ん」
 ドナさんの褒め言葉に頬を染める。
「ほれ、旦那も何か言っておやり」
「えー……」
 旦那ではない、と否定しようとしてやめておいた。僕は一緒に居られれば肩書なんて何でも良いとは思うものの、スツルム殿はそうじゃないかもしれない。事実婚のつもりでいたら大変に傷付けてしまう。
 まあそれは置いておくとして。都会に行くならそれなりの格好をしろ、とドナさんが誂えた新しい服は、柔らかい胸と腿を衆前に晒すものだった。
「……寒そうだなあ……」
 本当は露出が多い事に文句を言いたかったが、此処で言えばドナさんにどこ見てんだとかいやらしい目で見るなとかどやされるに決まっている。
「そうでもない」
 本人も気に入っているようだし、後で上着か何かを買ってあげるのが無難だろう。
 少しの滞在の後、ギルドを発つ。道中スツルム殿がおずおずと話し始めた。
「お前は買い替えないのか? 服」
「んー別に良いかなあ」
 もう何年も着てるけど、そんなに傷んでないし。
「そうか……」
 何故か残念そうな響きが混じる。
「どうしたの?」
「……その服……」
 ぽつりぽつりと、薄い唇から言葉が落ちる。
「お前に似合いすぎるから、嫌だ……」
 真意を探る。似合うのが嫌だ。似合わない恰好をしろ。僕が見目良くしているのが気に食わない。
「心配しなくても浮気なんてしてないでしょ?」
「ん」
「でもこれを機に買い換えるのも悪くないね。エルステに入って落ち着いたら買いに行こうか」
「捨てるのか?」
 無意識だろうか、腰巻きを摘まれる。僕は思わず笑みが溢れた。
「貸金庫にでも仕舞っておくよ」
 その夜、彼女の新しい衣装で見えるか見えないかのぎりぎりの位置に、情事の証拠を刻んだ事は言うまでもない。

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