獣 [7/13]
一晩スツルム殿が着ていた上着には彼女の香りが染み付いていた。嫌な訳ではなかったがこれ以上身に着けていると理性の限界を突破しかねない。
上着と腰巻を脱ぎ、ホテルのソファに座って天井を仰ぐ。ちゃちな硝子でできた小さなシャンデリアが吊るされていた。
エルーンの耳は浴室の床に流れる水の音も良く拾う。今この状況を考えると、期待は膨らんだ。昨日より安全で寝心地が良いし、何より誘ってきたのは向こうからだ。
と、いけない。首を横に振って邪な考えを追い出す。スツルム殿は多分、警戒心が薄いだけだ。そう考えると、僕が居ない時に誰かに手籠にされそうで心配になった。
「お先」
「うん」
考え事をしながら何かをするのは良くない。どうやって諭したものか頭を捻っていたら、抜かずにそのまま出てきてしまう。
トイレで抜こうかと思ったが、臭いでバレて白い目で見られるのも嫌だな。仕方なくベッドに上がる。今日は宣言通り早く寝よう。
「おやすみ~」
言って明かりを落とす。スツルム殿とは、手を伸ばせば届く距離。
「ドランク」
「なぁに?」
返ってきたのは寝る前の挨拶ではなかった。
「獣の姿はあたしには見せてくれないのか?」
それで全ての箍が外れた。
なんだ。全部杞憂だったんだ。
だったら、全て曝け出してしまおう。見せてくれと言ったのはスツルム殿だ。
明かりを少し戻す。顔色は判らないが、きっと真っ赤になっているに違いない。
「なぁに~スツルム殿ってばえっちな事に興味津々~?」
「……ちがっ……」
「違うならどうしてそんな事言うの?」
スツルム殿は金魚の様にぱくぱくと口を開閉し、言葉を絞り出そうとしている様な、出て来ないようにしている様な。
「ねぇ、どうして?」
今日は昨夜の温もりが忘れられなくて気が散っていたが、すっかり調子が戻った。お得意の誘導尋問で口を割らせようとする。
しかしスツルム殿のシャイさはそれを上回る。いつまでも黙っているので、起き上がって上半身だけ馬乗りになった。耳元でもう一度囁けば、やっと返答がある。
「き、昨日の、良かった」
「抱き締めて欲しいの?」
こくりと頷く。可愛い。求められた通りにすれば、固くなった下半身に怯える様に震える。
「男は獣ってこういう事だよ」
それでも逃げなかったので、擦り付ける。服越しではあるが、柔らかい腿の感触に思わず吐息が漏れた。
「これが気持ち良くて、皆お金出してまでしてもらう訳。本当に獣だよ」
「好きじゃなくても?」
「うん」
「してもらった事あるのか」
「たまーにね」
尤も、僕は買うより口説いてワンナイトの方が多いかなあ、なんて思ったけど言わないでおく。
触って、と強請ろうとしたがその前に体を離される。いきなりやりすぎたかな。まあでも、これに懲りて隙がなくなってくれた方が安心だ。
トイレで抜いてこよう。そう思って身を起こすと、ぐす、と鼻をすする音にぎょっとする。
「あらら、ごめんごめん。怖かったね。もう二度としないから」
「しないのか」
「えっ」
今突き放したのスツルム殿じゃない。どうすれば正解なの……と悩みながら、とりあえず涙を拭う。
「してほしいの?」
誘導ではなく、素で訊いてしまった。スツルム殿は一度頷いてから、頭を横に振る。
「好きでしてほしい」
「……やだなあ、もう」
満たされる。その言葉がとてもしっくりきた。
「僕、スツルム殿の事好きじゃないなんて、一言も言ってないでしょ」
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