宇宙混沌
Eyecatch


 一睡も出来なかった。途中で相棒の呼吸が規則正しくなり、腕が重くなったので、相手は少しは眠った様だった。
「スツルム殿、着いたよ」
 今日はあたしが馬車の中で眠ってしまった。一足先に相棒が降りて、手を差し出してくる。
 昨日のあれは何だったんだろう。そう考えるといつもの様にその手を取れない。
「スツルム殿?」
「あ、ああ、悪い」
 声をかけられ、慌てて手を乗せる。相手はいつも通りじゃないか。あたしもいつも通りで居るのが良いだろう。
「お土産屋さん、無いねえ」
「宿が無いくらいだから、観光客もお断りだろ」
 定期便があるのが奇跡的なくらいだ。騎空艇は、予定外だがコンパートメントを取った。移動先の島でも仕事が待っているから、少しでも眠りたい。あたしは体を丸めれば長椅子に横になれるし、相棒はテーブルに突っ伏して眠る。
「昨夜寒くなかった?」
「……ああ」
 寝る姿勢を整えているところで、そう問われる。緊張して、暑いくらいだった。
「なら良かった」
 言うと机に伏せる。あたしは溜め息を吐いて、ゆっくりと夢に落ちていった。
 自分よりも高い体温と、想像よりも固い筋肉。昨夜自分を包んでいた感触が蘇り、もっと、と夢の中で呟いた。
 しかしここから先をあたしは知らない。夢の中の相棒の返答がある前に、自然と醒めてしまった。騎空艇は港に入ろうとしていて、先に起きて虚空を睨んでいた相棒があたしに気付いてにこりと笑った。
 いつも通りの一日の始まりだった。

「土壇場で値切ってくるとか嫌になっちゃうなー」
 仕事を終えて酒場に向かう。相棒は依頼主から貰った報酬の袋を揉みながら口を尖らせた。
「あの人からの依頼は今後お断り!」
「そうしてくれ」
 このところは新規顧客の開拓に勤しんでいた。昨日の仕事もそうだ。
 実力を付けるのは良い事だが、悪い事もある。難しい依頼を簡単な依頼と同額で受ける訳にはいかない。単価の高い仕事ができるのに安い仕事を受けるメリットは無い。そうすると、既存顧客の中から依頼を取れなくなる事もある。相棒は付き合いを大事にする方だが、此方も生活がかかっている。顧客リストの入れ替えもやむを得ないが、新しい見込み客の質が良いとも限らない。
「今日の宿どうしよう」
 値切りに対して相棒は果敢に抵抗したものの、交渉が決裂するのを避けて多少の減額を許してしまった。
「節約したい。飯は美味いのが良い」
「はいはい。ま、どんな安宿も昨日の小屋よりマシでしょ」
 昨日の。思い出して顔が熱くなったが、適当な店で肉と酒を頼むと気が紛れた。
 出された料理に舌鼓を打っていると、ある考えが浮かぶ。同じ部屋にした方が単価が安い。
「部屋、同じにするか?」
 まだ飲み慣れない酒のせいか、それはそのまま口から出てしまった。慌てて取り繕う。
「どうせ何もしてこないだろ、お前」
 昨夜あんなに密着して寝たのに、興奮するどころかすやすやと寝ていたのだ。きっとあたしの事はまだ子供だと思っているに違いない。
「何もしないってどうして言い切れるの?」
 金の瞳を細めて問う。
「男はみんな獣なんだよ」
 それはお前が特に女好きなだけじゃないのか。と思ったが、それ自体自分の主張と矛盾するので飲み込む。
「……昨日も何もなかった」
「そりゃ、外をでっかい魔物がうろついてたのよ?」
 確かに。抱かれたのも温めるだけじゃなく、盾になるつもりもあったのだろうか。
 ん? 待てよ。あたしは肉を切る手を止める。じゃあ魔物が居なかったら何かするつもりだったのか?
 向かいの席の男を見上げる。失言に自分でも気が付いたのか、手で口を押さえて横を向いていた。
「言っとくけど宿は本当にあそこしか無いって話だったよ」
「ああ」
「あとあわよくば手を出そうなんて微塵も考えてないからね」
「そこまで言わなくても……」
 女としての魅力が無い、と言われた気がして、思ったよりも落ち込んだ声が出た。
「あー! 違う、違うの! じゃないと心理的安全性が確保できないでしょ! 相棒に狙われてるかもしれないなんて考えながら仕事したくないじゃない?」
「心当たりがあるような言い方だな」
「昔やられたんだよ」
「え……」
 それはつまり……と眉間に皺を寄せると、相棒は慌てて付け加えた。
「あ、いや、お金をね! 何回かに分けて結構盗られちゃって」
「今日は喋りが下手だな」
 酔っているのもあるだろうが、交渉でも負けるし調子が良くないのは明白だ。
「あはは……思ったより尾を引いててさ……」
 言って黙り込む。らしくない。
「何処か怪我でもしたのか? やっぱり風邪引いたんじゃ」
「ううん、大丈夫。いずれにせよ、今日は早く寝るよ」

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