獣 [3/13]
格好良い人だった。歳は片手じゃ足りないくらい下に見えた。でも年相応に甘えてくれる事なんて一度も無かった。
別に甘えて欲しかった訳じゃない。僕が勝手につきまとっているだけだ。ただそれだけだとストーカーになってしまうので、せめて役に立とうと尽くしていた。幸い、彼女が苦手な事を僕は得意だった。
別に愛されたかった訳じゃない。彼女は、他人の愛に縋らず、自分自身を愛して生きていく手本を見せてくれる。僕は僕を好きになれるように、彼女の元で学んでいる――そのつもりだった。
いつからなんだろう。奉仕の動機が変わったのは。
「え、宿、森の中なんですか?」
「うちは部外者を町に置いてはおけないルールでね。寝室は一つだが、ベッドは三つか四つあるから、間仕切りか何かを使って適当に寝てくれないか」
「管理人の方は?」
「普段は無人だよ。ほい、これ鍵」
誰も来ない森の奥の宿で二人きり。そこからはどうやって彼女と同衾するかしか考えられなかった。
それは健康な二十代の男にとって、自然な思考回路ではある。要は実際に行動に移さなければ良い。どんな破廉恥な想像も、脳内から出て来なければ害は無い。街行く可愛い女の子を見かける度に楽しい事を考えたって罰は当たらず、気が向いたら声をかけて合意が取れればラッキー、そんなところだ。
しかし問題はそこではない。
彼女を性的な目で見てしまった。見る事が出来てしまった。それを酷く浅ましく感じた。
スツルム殿は一人の少女である前に、僕の仕事の相棒で、相棒である前に、僕の人生の先生だった。
人として敬愛していたかったのに、結局彼女への想いは情愛なんていう陳腐なものに成り下がってしまった。それが許しがたかった。
誰かと肌を重ねたところで、ほんのひと時快楽に溺れられるだけで、心に開いた穴が塞がる訳でもなかったのに。
「シャワーはあるか?」
「川の水を濾過して引いてるやつならね。あと暖炉も。食器や調理器具も少しはあるから、これで何か作りな。もう食事処も閉まっちまったし、余所者が行っても良い顔しないからな」
依頼主はそう言ってスツルム殿に幾らか食材を渡した。
「貸馬車はこの道を右へ真っ直ぐ行くと左に見える。深夜割増にはなるが、今からでも大丈夫だ。宿って言えばわかる」
「歩いて行けない距離なのか?」
「そういうわけじゃないが……」
「もう暗いし、迷子になったら大変だよ。それじゃあ」
スツルム殿の手から荷物を取り、貸馬車屋へ向かう。依頼主は依頼した手前、親切にしてくれたが、この町の他の者はそうではなかった。夜道に人は居ないものの、民家の前を通り過ぎると、シャッと音を立ててカーテンが閉まる。排他的だなあ。
「宿まで」
馬車に乗り込むと、眠くなってくる。さっき興奮してしまった下半身も、歩いている間にすっかり萎んでいる。
「どのくらいかかるんだろ」
「さあな」
「着いたら起こして~」
そこからの記憶は無く、次に起こされた時には、もう宿の前だった。
スツルム殿がシャワーを浴びている間に部屋を暖める。自分の考えをまとめた。
結論として、僕はスツルム殿を性的な目で見る自分の存在も許した。見るだけであればこれまでと何も変わらない。人として敬愛していた気持ちが置き換わった訳でもない。だったら、僕は自分自身を否定しない。
スツルム殿がありのままの自己を受け入れて輝いているように、僕も無下に己の願望を否定しないようにしたい。そう心掛けるようになってから、少しは息がしやすくなった気がする。
が、それは勿論周囲に迷惑をかけない範囲での話だ。気の赴くまま魔法を使って、人畜に被害を出してはいけないのと同じ。スツルム殿を好き勝手して良いのは、あくまで夢の中でだけ。
「お先」
「うん」
僕は風呂上がりのスツルム殿の薄着をなるべく目に入れないようにしつつ、シャワールームへ。万全を期して、一度抜いておいた。今日は疲れているし、二回目はしたくても無理だろう。
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