獣 [12/13]
「その衣装、普段何処に仕舞ってるの?」
もう何年ドランクと一緒に居るだろう。両の手で数えられなくなってきた頃、あたし達にはジータという少女が率いる騎空団と交流があった。
「貸金庫だよー。毎月お金を払っておけば、大事な物を預かっててくれるの」
「へぇー便利!」
「この後預けに行くし、お店に案内しようか? 騎空団も人が増えて、荷物運ぶの大変でしょ?」
「ほんと? ならグランサイファーで送ってあげる!」
「やったぁ」
ステージから降りて汗を拭いていたドランクは、私物のベースを肩から外して手に持つ。ボーカルを努めたフェリを労り、ドラムのシェロカルテに挨拶して楽屋へと向かった。舞台袖で聴いていたあたしも、その背中に背負われた毛皮を追う。
フェリの妹を探す為に行っているコンサートももう三回目。似ている訳ではないが、ドランクと同じく容姿に恵まれたフェリは舞台に立つだけで金が舞い込むらしく、裏でシェロカルテが収益モデルを確立しようとしているとかなんとか。
ドランクをレギュラー面子にするのだけはやめて欲しいが、今の所ドランクは彼女の妹の居場所を教えるつもりは無い様で、こうして呼び出されては付き合っている。
楽屋でいつもの服に着替え、衣装や楽器は鞄の中へ。今日は他にもバンドが集まっている。ベースを担いで観客席の方に赴けば、紅い髪の美人ボーカルの後ろでビィがドラムを叩いていた。
「ラカム、随分巧くなったね。もう偉そうな事言えないなぁ」
「お前も別に下手じゃないだろ」
真面目に弾けば、と付け加える。
「褒めてくれるなんて珍しい~」
「ふん」
あたしは鼻を鳴らすと、側に寄ってだぼだぼのズボンを掴んだ。後ろで「さっきのバンドのベースじゃない?」ときゃあきゃあ言っている女共が気に食わない。
「洒落た服を着るとすぐこれだ」
「ゲレンデマジックってやつだよ」
むくれたあたしの顔を上げさせると、ドランクはこれみよがしに額に口付けを落とした。
約束通り貸金庫のある島まで送ってもらい、陸に上がってからは僕達がジータを店まで送る。
ジータの案内は行員に任せて、僕達は借りている金庫へ。物が多いので、小さな部屋になっているタイプを借りている。
スツルム殿はあまり物を持つタイプではないから、此処にあるのは殆どが僕の物だ。若い頃に集めていた装飾品、魔法の本の山、旅先で買った土産物……スツルム殿はガラクタだって言う。今思えばそうかもしれない。本はともかく、それ以外は心の隙間を埋めたくて無意味に集めていた物だ。
壁一面が棚になっている狭い一室に入る。僕は舞台衣裳をハンガーにかけて、ベースを倒れないように固定して棚に立てかけると、少しでもガラクタを整理しようと、古い物が入っている奥へ。三割ほど減らせれば、もう一つ小さい部屋にランクダウンできるだろうか。
スツルム殿は僕が立っていたハンガーラックの前に立って、服の間に手を入れる。若い頃の服はもうほとんど処分済みだが、あの宝石の飾りが付いた服は取ってある。もう二度と着れないけれど。
「もう捨てちゃおうか」
否定されると解っていて、わざと尋ねる。
仕事中に大型の魔物に蹂躙されて、びりびりに破れてしまった。てっきり、僕が寝ている間に付属の宝石を売り払って治療費に充てただろうと思っていたら、大事そうに畳んで持っていて驚いた。
「駄目だ」
ちゃり、と金属音が鳴る。千切れた鎖をスツルム殿が揺らしていた。
「あたしが先に死んだら棺に入れてくれ」
「血塗れだよ~?」
「良い」
僕は笑って、何処で買ったのかももう覚えていない土産物を仕分けに戻る。
僕が先に死んだら、とは言わない。スツルム殿はそれを許してくれないから。僕も、僕の死で悲嘆に暮れるスツルム殿なんて、想像もしたくない。
ただ孤独に時間と力を持て余す日々にうんざりしていた。その内誰かが、この退屈な日々に止めを刺してくれるんじゃないかと思って始めた傭兵の仕事。その誰かが、スツルム殿だった。
僕は彼女の為に生きる。それがこの人生の目的で、果たすべき使命だ。
箱の底から小さなビロード張りの箱を取り出す。本当はちゃんとけじめをつけるつもりだったのに、仕事が忙しくてタイミングを逃してしまった。今更結婚しようなんて、言っても……。
「おい、広げるな。今日はジータ達と一緒に来てるんだぞ」
「いっけない、忘れてた」
指輪の箱を手放し、慌てて床に置いた物を箱に戻す。部屋を出て鍵をかけた。まあ、また今度で良いか。
「満足した?」
「ん」
そう言いつつも、スツルム殿はまだ名残惜しそうだった。余程思い入れがあるらしい。
「んも~本人が横に居るじゃな~い。まあまだ満足してないなら……」
今夜も一緒に啼こうねぇ、と言おうとした顎を下から殴られる。舌を噛んで顔を顰めていると、長い廊下の向こうから行員に連れられたジータが手を振っていた。
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