宇宙混沌
Eyecatch

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 エルステに着いて初めての大仕事での事だった。
 一瞬何が起こったのか解らなかった。巨大な魔物の、ドランクの背丈程もある掌の下から流れ出る血と、覗くぐったりと力を失った腕。ころん、と宝珠が地に落ち、まるでそれを転がして遊ぶ様に魔物がドランクを弄ぼうとした。
 もうそこからは必死で、どうやってそいつを倒したのか覚えていない。魔物に殴られ、岩に押し付けられたドランクの元に駆け寄れた時には、もう虫の息だった。即死を免れただけ。そう表現するのが一番適切な気がした。
 報酬も受け取りに行かずにドランクを病院に運ぶ。長い長い手術の後、医者が容態を説明する。
 右眼球破裂。右腕の裂傷、左上腕・下腕の骨折。肋骨の骨折によって穴の開いた肺。他にも内臓の損傷が幾つも。失血によって脳に酸素が十分回らなかった可能性。
「一命は取り留めましたが、このまま昏睡状態が続けば……」
 仮に目覚めたとしても意識レベルが以前と同じに戻る可能性は高くない。運動能力の方も、リハビリには長い期間を要するだろう。
 エルステの医者はやれるだけの事はやってくれた。それでもあまりに突然の事に、初日は何も受け入れられなくて、ただぼんやりとベッドの隣に座っていた。
 二日目に、どうしてあの時ドランクの側で立ち回っていなかったのだろうと後悔した。三日目に、連絡が無くて心配した依頼主が居場所を探し出してくれ、報酬と見舞金を置いて行ってくれた。
 支払いを猶予してもらっていた手術費をそれで精算する。このままずっと隣で顔を見ているだけとはいかない。ドランクの身内の連絡先どころか、あいつの本名すら知らないのだ。まだまだかかる入院費もあたしが工面しないと……。
 ドランクの部屋に戻ると、金の瞳が天井を見ていた。意識が戻った事に一先ず安堵して、大声で泣いてしまう。
 駆けつけた医者が再度ドランクの様子を丁寧に点検する。まだ安心は出来ず、暫くは様子見との事だった。
「スツルムどの」
「何だ?」
 意識は戻ったものの満足な意思疎通は敵わない。問うても次の言葉が出て来ないのか、苦しそうな表情を浮かべるだけ。
「痛いのか? 痛み止め増やしてもらうか?」
 ドランクは包帯が巻かれた右手を上げる。あたしの背後、部屋の入り口を示した。
「だれか」
 いる。振り返ると、それはドランクの見ている幻覚などではなかった。
「これは、お声掛けが遅れてすみませんネェ。お取り込み中の様でしたから」
「誰だ」
 顔を拭い、入り口の人物を睨む。いつもはドランクが対応してくれるが、今はあたしがやらなきゃ。
「吾輩はポンメルン・ベットナー。エルステ帝国軍で中尉を仕ってますネェ」
 変わった喋り方だな……。
「……戦争なら今は断る。こいつの世話があるから日帰りの仕事じゃないと……」
「その怪我、我々の力で治せるかもしれませんよォ」
「何だって?」
 ポンメルンと名乗った軍人は、妖しく輝く宝石の様な物を見せる。そこで廊下に足音が響き、素早く懐に仕舞い直した。
「勿論、副作用が無いとは言えませんし、全てを元通りには無理かもしれませんがネェ。興味があるなら、アガスティアの国軍病院への転院手続きを進めますよォ」
「……どうしてそんな親切をする? 初対面の筈だ。あたし達はエルステに来たばかりの、ただの傭兵だぞ」
「あの魔物にはほとほと困っていると軍にも苦情が上がっていたんですよォ。討伐部隊が着くのがほんの少し遅かった様ですネェ。それに、吾輩も手ぶらで帰る訳にはいかないんですよォ」
 つまりは取引か。
「そこで提案ですが、貴女のパートナーの怪我を治す代わりに、あの魔物はエルステ軍との共闘で倒した事にしていただけませんかネェ」
 あたしは迷わず頷いていた。

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