獣 [1/13]
鬱陶しい男だった。見たところ片手でぎりぎり足りないくらい年上だった。そのくせ子供の様に甘えてくる事もあった。
「着いたら起こして~」
あたしは馬車の中で眠ってしまったその相棒の横顔を見つめ、溜め息を一つ。顔は平均以上だった。
「おい、着いたぞ」
「ん……」
居眠りしがちなのは夜にちゃんと寝ないからだというのを知っていた。
あたし達は御者に運賃を支払うと、明日の朝の迎えも頼む。馬車が去るのを見送らずに目的地へと足を運ぶ。身長差がかなりあるのに、そのペースはいつも同じだ。
「こんな辺鄙な場所にしか宿が無いなんてねえ」
「余所者が嫌いなんだろ」
「自分達で解決出来なくて僕達を呼んだのに、酷いよねえ」
宿、と教えられた建物は道を外れた森の中に建っていた。無人だし、どちらかというとただの山小屋だ。
「もうちょっと早く終わらせて、夜の便で島を出ちゃえば良かったね」
「お前、艇の上だといつにも増して寝付きが悪いだろ」
「ええ~なんで知ってるの~?」
夜便での移動の後と、互いに違う宿に泊まった次の日は、必ず眠そうにしている。違う宿では……人には言えない事でもしているのだろう。
それに、此処にはシャワーがあるのがありがたい。蛇口をひねると、近くの川から自動的に濾過して流れ込む様になっているそうだ。
相棒の質問は無視して先に借りる。汗と汚れを流して外に出ると、彼は暖炉の火を焚べていた。
交替し、依頼主に貰った食材を刻んで、備え付けてあった鍋に放り込んでいく。
「スツルム殿の手料理かあ」
暫くして、男は長い髪を拭きながら隣に座る。
「初めてだから楽しみ~」
「山で兎を食わせてやった事あるだろ」
「あれはカウントに入らないでしょ」
男はそわそわしながらあたしの作業を見守っていたが、ややあって思い出したように立ち上がる。
「寝室を見てくる。布団とかちゃんと使えると良いけど」
「頼む」
奥の部屋に青い髪は消える。あたしはスープの表面に浮かんでは消える気泡を眺め、食材に火が通るのを待つ。
ベッドは複数あるが、寝室は一つ。依頼主はそう言っていたか。
鍋をかき混ぜていると、相棒は何やら嘆きながら戻ってくる。
「うえー黴だらけだった。もっかいシャワー浴びてくる」
「使えないのか? 寝具」
「使ったらくしゃみが止まらないだろうねえ。あっちの部屋自体入らない方が良いと思う」
やれやれ、これじゃ野宿と大差無いな。報酬自体はちゃんと貰えたが、こんな目に遭うなら断れば良かった。
「できたぞ」
タイミング良く戻ってきた相棒に、スープの入った器を渡す。男はくしゃみをしてから啜った。
「風邪引いたか」
「水風呂二回は流石にね……」
寒そうに肩を震わせているので、暖炉に近い場所を譲る。相棒は礼を言って移動した。赤い火が青い髪に透けて、夕暮れ時の空のようだと思う。
「味、どうだ?」
調味料も何も無いのだから訊くだけ無駄だが、気になってしまう。必要最低限はできるが、料理は妹の方が上手かった。
「美味しいよ」
「世辞はいい」
「嘘じゃないよぉ。僕、味が薄い方が好きだし」
何気に新情報だ。次回……は無いと思いたいが、心掛けてやろう。
食器の後片付けは引き受けてくれたので、あたしはその間に返り血の着いた服や下着を洗う。
「お前の下着も洗うぞ」
「え、自分でやるよ」
言われたがもう水に突っ込んでしまった。男もそれを見て諦める。弟のを洗い慣れているし、傷めたりはしないが。
「ドランクの服は無事か」
「うん。ていうか、布団無いからねえ。それ残しとかないと」
今は相棒もあたしも、肌着に毛が生えた程度のインナーしか着ていない。冬ではないが暖かい気候でもないのだ。このまま寝れば、凍え死にはしないだろうが確実に風邪を引く。
「あたし何着て寝よう……」
「僕の上着貸してあげるよ」
衣類を乾かすには火の魔法の他に風の魔法も必要で、相棒はまだ習得途中だった。二属性使い熟すのも凡人には出来ない芸当なのだから、既に専門が三属性目に入っている彼に文句は言えまい。
既に日も暮れて長い。洗った服を吊るして、剣を軽く手入れして、寝る支度をする。男の服を受け取ったが、当然サイズは全然合わなくて、動く度に装飾の鎖が揺れて音を立てる。胸の宝石が火を反射してきらきらと輝くのは永遠に見ていられそうだ。
「火の番はいいよね? 屋根壁あるし、暖炉から延焼する事も無いだろうし」
野宿ならどちらかは必ず起きていて、火の番と魔物や盗賊への警戒を行う。
「ああ」
男はズボンだけ身に着け直して、最後に暖炉に薪を焚べた。眠ってしまうと魔法で一定の火力を保つ事もできない。今は部屋が暖まっているが、冷えてくると寒そうな恰好だと思った。
「スツルム殿、暖炉の前で寝なよ」
しかし相棒はあたしの隠しきれていない脚に腰巻を覆い被せると、自分は少し離れた位置――少なくとも手を伸ばして届かない位置まで下がる。そして下がったそばからくしゃみをしている。
「お前もこっちで寝ろ」
「別に大丈夫だよ~」
「あたしが大丈夫じゃない」
その言葉に金色の目をぱちくりとさせつつも、相棒は暖炉に寄ってきた。手を伸ばせば触れられる距離に横たわる。
「ん」
かけてもらった腰巻の端を持ち上げて中を示すと、相棒は困った様に笑った。
「どうしたのスツルム殿。なんかやけに優しくない?」
普段優しくなくて悪かったな。むっとして、口から出る言葉は素直じゃないものに歪められる。
「うるさい。あたしが寒いんだ」
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