煙の向こう側
珍しいものを見た。
傭兵ギルドの本部からそう遠くない商店街。あたしはいつもの様にドランクに呼び出されて、待ち合わせ場所の喫茶店へと向かった。良い加減断るのも面倒になってきたし、あいつの持って来る仕事は条件が良くてそれなりに美味しい。
でも、少し早かっただろうか。四半刻程暇をしそうだな。先に席を取って、茶でもしばいておけば良いか。
指定の店を見つける。テラス席に、見慣れた後姿を捉えた。随分早くから待ってるんだな。
見慣れないのは、右手の指に挟まれた、煙を上げる細長いものだった。縛り上げた髪の影から、愁いを帯びた無表情が見える位置で、立ち止まる。
右手の筒を咥え、少ししてから唇を離して上を向く。尖らせた口から勢い良く煙が流れ出し、彼の耳の先っぽを撫でてから消散した。
……ドランク、だよな?
「……あっ、スツルム殿」
あたしが来た事に気付き、懐から携帯灰皿を取り出して消火する。いつものへらへらした笑顔。
あたしはテーブルの向かいの席に座った。
「お前、煙草吸うのか」
いつもそんな臭いはさせていないから、気付かなかった。
「いや~バレちゃった」
後ろめたそうに笑って誤魔化す。
「気にせず吸えば良い」
「駄目だって。スツルム殿まだ子供なんだから」
「子供扱いするな」
「そういう問題じゃなくて」
あたしは無視してウェイトレスを呼び、飲み物を注文する。
「僕が吸ってる所見て、スツルム殿が吸いたくなったら良くないでしょ」
「お前は、人に勧められない物を吸ってるのか」
「依存性があるからねえ」
ドランクはテーブルの上に載っていたコーヒーを啜る。
「吸わずに済んだ人生があるなら、僕もそっちを選びたいよ」
また一瞬だけ、あの憂鬱そうな表情に戻る。
人を見下すような顔、へらへらと締まりの無い顔、仕事が上手くいった時のしたり顔。まだ短い付き合いだが、ドランクは表情が豊かな方で、これまでに色々な顔を見てきた。でも、この表情は初めて見る。
「……吸ってみたい」
「ほらぁ! やっぱりそういう事言うでしょ! 興味持つなら史跡とかにしてよね」
「なんていう銘柄だ?」
「絶対に教えないよ!」
ウェイトレスが、あたしが頼んだジュースを持って来る。礼を言って受け取った。
「ふん。お前の荷物を漁る事くらい朝飯前だ」
「ちょっと~手癖悪すぎない?」
「別に盗みはしない」
「いや一緒だよね!? だったら禁煙しよっと」
あたしはジュースを一口飲んでから、試すような口調で尋ねる。
「できるのか?」
「いずれはしないとって思ってたからね。戦ってる最中に吸いたくなっても困るし」
「……今はどうして吸いたかったんだ?」
服や髪に臭いを残していないという事は、いつもならあたしに会う前は吸うのを我慢してたんじゃ? 今日に限って……。
「……内緒。さ、仕事の話をしようか」
ドランクは荷物の中から手紙を取り出し、読み上げて依頼内容を説明する。あたしは耳でそれを聴きつつも、ドランクの誤解をいつどうやって訂正しようか考え始めた。
あたしが興味を持ったのは煙草じゃない、お前だ。
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