ガチャン、と大きな音がした。スツルムは慌てて音がした方へ駆ける。
そこは居間で、先に駆け付けていた依頼主の使用人が、何やらドランクに怒鳴っていた。
「奥様に手を上げるとは、不埒な傭兵め!」
床には割れたカップと、溢れた茶色い水。依頼主の服は濡れていて、ドランクの服は少し乱れている。倒れた彼女に使用人が寄り添っており、状況的にはドランクが依頼主を突き飛ばした様だった。
「警察を呼ぶぞ!」
「ちが……」
「どうぞお呼びください。しかしこれで手を打っていただける方がありがたいですが」
ドランクは依頼主の言葉を遮る様に言うと、懐から小切手を出して手早く金額を書く。スツルムが駆け寄った時には使用人に提示されていた。
「んなっ!? あっ、貴方が……」
「口止め料も込みです。何も言わないで」
ドランクは小切手を切ると、有無を言わさず使用人に握らせる。使用人は唸りながらも、言葉を紡ぐ事は無かった。
「任務の途中ですが僕は仕事を降りさせていただきます。まあ最初からギャラ無しですが。スツルム殿はどうする?」
声をかけられ、踵を返したドランクと、呆けた顔をしている使用人、そしてショックで言葉が出ない風の依頼主を見る。スツルムはしゃがんで彼女と視線の高さを揃えると、尋ねた。
「まだ物盗り対策は必要でしょうか?」
「……いいえ」
震える声が返ってくる。
「本邸に戻る用事が出来ましたので」
「では」
スツルムは立ち上がる。
「連れが迷惑をかけました。あたしの分の報酬も要りません。カップやドレスの弁償代としてください。足りないかもしれませんが」