第4話:火種 [2/5]
「あたしに、依頼?」
スツルムはギルドのメールボックスに入っていた手紙を読んで、困惑した。自分とドランクに、ならまだ解る。だが、見ず知らずの相手から、ギルド――正確に言うとドナ――も通さずに自分だけが名指しされるのは初めての事だった。
少しの警戒。そして少しの歓び。なんにせよ、自分一人でも指名される程の腕前にはなったという事だ。
「という事で行ってこようと思う」
「そう。気を付けてね」
ドランクはあっさりと単独行動を許可した。無論、ドランクにスツルムの行動を制限する権利は無いが、仕事の相棒として、そして夫婦として、最低限の断りは必要だ。
「あ、一応何処に何しに行くかと、いつ帰れる予定かだけ訊いて良い?」
スツルムから返ってきた答えに、ドランクは思わず顔を強張らせた。
「……スツルム殿」
「なんだ?」
「やっぱり気が変わった。僕の分のギャラは無くて良いから、僕も一緒に行きたい」
「ようこそ来てくださいました」
豪奢な建物に招き入れられた二人を、育ちの良さそうなエルーンが迎えた。年の頃は、丁度ドランクとスツルムの間くらいの、若い女だ。
彼女が今回の依頼主。依頼内容は単純で、休暇で滞在する別荘の警備。別途、身の回りの世話をする使用人が居るが、他に衛兵が雇われている気配は無い。それ以外に滞在しているのは依頼人一人だけだ。
「誰かに狙われているのか?」
立地も貴族の別邸が立ち並ぶ地区の一角。環境も状況も、危険が予測されているようには思えない。わざわざ傭兵を雇う必要があったのだろうかと、スツルムが眉を寄せる。
「いいえ。単なる物盗り対策ですよ。ささ、敷地内はご自由に歩き回っていただいて結構ですわ」
雇い主はドランクが余分にくっついて来た事には特に触れず、二人にそれぞれ滞在用の部屋を与える。
ドランクがついて来る事を連絡する余裕は無かったのだが、どうしてドランクの部屋まで準備してあるのだろう。奇妙だ、何かの罠か? とスツルムがドランクに目配せしようとしたところ、相棒は何とも言えない表情で、居間へと戻る雇い主の背中を見ていた。
少し休憩してから、ドランク達は屋敷の警備の任務に就いた。スツルムと別行動をし始めて間も無く、ドランクは雇い主の所へ。
「これはどういうつもりですか」
「どうって……物盗り対策に衛兵の一人や二人置くのは普通の事ですわ。貴方もご存知でしょう?」
「だからってスツルム殿を名指ししなくても!」
つい大きな声を出してしまい、ドランクは慌てて自分の口を塞ぐ。スツルムに知られずに方を付けてしまいたい。
「……で、幾ら欲しいんです?」
「『妻』に向かってその言い方は無いんじゃありません?」
「『夫』に使用人用の部屋を宛がっている時点で、貴女も今回はそういう関係で扱うつもりは無いんでしょう?」
「それは貴方次第だわ」
言って黙り込んだ彼女から目を逸らし、ドランクは溜息を吐く。
「イオニア」
かつての婚約者の、そして今は書類上の配偶者の名を呼んで語りかけた。
「貴女は、僕に最初から貴女への愛情も興味も無かった事なんて、百も承知の筈でしょう?」
「……だからって、私の方に無かったわけでは、無いわ」
鋭い口調がドランクの胸を刺す。
「そこにお座りになって」
しつこい。スツルムの様にそう切り捨ててしまうだけの心の強さが、あれば良かったのになあ。
ドランクは渋々向かいのソファに座る。話し合いの最中にスツルムが此処に来ない事を祈るしか出来なかった。
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