第5話:火消し [4/5]
思わず息が詰まった。そこまで知っているのか。
本来、宝珠を一人の人間が二つ持つ事は許されない。つまり、ドランクが誰かから二つ目を奪い取ったのだという事を、ヴォルケは既に把握している。
「……何処で知りましたか、その事を」
「古い文献にはちょいちょい出てきますよ。尤も、現代魔法学や歴史学としては、嘘っぱちと見做している様ですが」
「つまり僕が、それらが事実だと証明してしまったと」
「宝珠だけでは何ともでしたけどね」
やはり背中の「鍵」は、見る者が見れば解ってしまうのか。
蒼と金の視線が睨み合う。ヴォルケの目的は何だ? イオニアへの道筋か? 単なる強請り? それとも――
「二人が帰って来ましたね」
ヴォルケは急に立ち上がると、隣の部屋を通って給湯室へ。言った通り、暫くするとドナとスツルムが入ってきた。ドランクも起き上がって隣へ行くと、タイミング良くヴォルケが四人分のカップを出す。ちゃんとドナの分はお茶だ。
「大丈夫か?」
上目遣いで尋ねるスツルムに、微笑む。
「うん。流石に寝過ぎで体痛いけど」
「そのまま目覚めなければ良かったのにー」
「ドナさんは毎回一言余計ー」
一息ついて、ドランクはスツルムに連れられてギルドを後にする。ギルドに泊まっても良いが、夜くらいは二人でゆっくり過ごしたい。
ギルドの建物を出て数歩歩いた所でドランクが振り返ると、見送りのヴォルケはまだそこに居た。スツルムが気付いて歩を止める。
「どうした? 忘れ物か?」
「ちょっとね」
つかつかとヴォルケに歩み寄る。
「そんなに怖い顔しないでくださいよ。誰にも言いませんから」
「信用できません。黙っているメリットが貴方には無い」
「吹聴するメリットもありませんよ。それに、貴方だって好きで手に入れた訳じゃない」
ドランクは虚を突かれて唇を噛む。どこまでお見通しなんだ。
「貴方が生来持っているのは風の魔力です。なのにどちらも違う」
「ええ、そうですよ」
ドランクは肩を落とす。
「片方は押し付けられて、もう片方は腹いせに取ってやったんです」
ただイオニアに行きたかっただけなのに。
いや、違うか。身に余る力を欲した報いだとは、思っている。
「自分は然程興味がありません。力が必要だったのも昔の話。貴方は噂される程の悪人ではありませんし、その対処はお任せしますよ」
ヴォルケには少なくとも、ドランクが世界の破滅に加担している様には見えなかった。
「だったら最初から変に突っ込まないでくださいよ」
ドランクは、綺麗な背中ですね、と嘘を一つ吐いてもらえるだけで良かったのに。
「『火消し』を望むなら、それ相応の対価で引き受けようと思ったまでです」
消えない罪を背負って生きていくのは、ドランクの様に優しい人間には向いていない。それに、ヴォルケにとっては、今更足枷が一つ増えたところで同じ事。
「……『鍵』を渡せと?」
「そうすれば貴方が追われる事も、怯える事も無い。私にとってもそれ自体が対価として十分です」
ドランクは口の中を噛む。結局、イオニアへの行き方や宝珠の力には価値を見出してるんじゃないか。ヴォルケが何を考えているのかさっぱり解らない。
「返事は今でなくとも構いません」
「おい、何を話してるんだ?」
「ごめんごめん、今行く」
スツルムに呼ばれ、踵を返したドランクの背を、ヴォルケは小さくなるまで見つめる。
「……一人乗りの馬車に二人乗せたらどうなるかなんて、馬鹿じゃないから知っているでしょうに」
一人の人間が契約できる宝珠の数は一つだけ。それがイオニアの定めだ。
ヴォルケは後輩の行末を憂いて目を伏せる。
「そうまでしてでも奪わないといけなかったのか」
きっとドランクはヴォルケの話には乗らない。乗れば殆ど全てのしがらみから解き放たれると解っていてもだ。
だってこの状況、それこそが彼の目的なのだろうから。
「何? 戦争の話?」
いつの間にかドナが隣に立っていた。たまにこうやって気配を消して驚かせてくる。
「なんでもないです」
「そうは見えなかったけどー?」
「それより、御髪が乱れておりますよ、お嬢様」
「ハハッ。こりゃまた懐かしい呼び方だね」
実際戦ってきたから乱れているのだが。目立つ毛束を解いてやると、ドナは軽く礼を言って踵を返す。
「もうお嬢様って歳でもないけどね」
するりと指の間から抜けていく髪の毛を、ヴォルケはただ見ている事しか許されなかった。
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