第5話:火消し [3/5]
「……何の火を消したんです?」
訊いてはいけない様な気がしながらも、問えと言われているような気もして、恐る恐る呟く。
「ドナの」
感情の伴わない形だけの笑みのまま、ヴォルケは最後のページまで捲り終わる。
「心の中の火を」
ヴォルケはそれを本棚に戻す。やっぱり訊かなければ良かった、とドランクは苦虫を噛み潰した。
「身分違いの恋みたいなやつですか」
「そんなところです。ドナはああ見えてプライドが高いですからね。受け入れてはくれませんでしたよ」
「はは。どう見てもの間違いじゃ」
「貴方は逆に、身分でも何でも利用するタイプですよね」
「生憎、周囲の大人達もそういうタイプが多かったので」
ヴォルケが今度は声を出して笑う。ベッドの端に腰を下ろした。
「その方が『本物』っぽくて良いじゃないですか。ドナの家は結局、ただの成り上がりの金持ちでしたからね」
「酷い言い様だ」
「プライドばかり高くて困りますよ、本当に。その所為で」
ヴォルケは自分の右頬を指でなぞる。
「挙句、嫁入り前の娘の顔にあの傷ですよ。親の報いを子が受けるなんて、あんまりだ」
ドランクは黙っておく。吐き出したい気分なのだろう。宝珠の話題から逸れている方がありがたいし、気が済むまで語らせる事にする。
「自分も戦争孤児ですからね、戦争なんてまっぴらだと思ってましたけど、大切なものを守るには自分が強くならないといけなかった」
もしあの時、自分に彼女を守れるだけの力があったなら。いや、力なんて無くても良い。自分がドナの前に飛び込んで代わりに傷付いていたなら。ドナは自分を受け入れてくれただろうか。
ヴォルケは両の掌を見つめ、やがてそっと握る。
受け入れていただろう。口付けも、その先も。でもきっとそれは半ば同情だ。
あの屋敷が滅茶苦茶になった日に、二人の淡い関係もそこに置き去りになってしまった。それはもう、どうしたって取り返しの付かない事だ。
今更力を付けたとて。そう思うのに、目の前にぶら下げられると欲しくなるものだな。
俯いて奇妙な笑い方をし始めたヴォルケに、ドランクは思わず足を引いて姿勢を正す。
「自分の手に余る力を得るのは、どんな気持ちですか?」
ブルーグレーの瞳がドランクを射抜く。
「……何の事ですか」
「貴方の宝珠の事です」
ドランクは眉をぴくりを動かしたが、平静を装う。
正直、侮っていた。魔法を使うのと理解するのは全く別の能力なのに。
ドランクは使うセンスはあったが、体系的に理解する事は出来なかった。ヴォルケは人並みにしか使えないが、きっとその理解はドランクよりも遥かに深い。
「……手に余ってなんかいませんよ」
声が震えそうになる。ヴォルケは何処まで知っているんだろう。どれほど理解したのだろう。
この背中に刻まれた「鍵」の情報を。
「現に使い熟してるでしょ? 僕」
「そういう意味じゃないですよ」
ヴォルケは人差し指を立てる。そのまま唇の前で止めた。
「一人一つでしょう? 契約できるのは」
♥などすると著者のモチベがちょっと上がります&ランキングに反映されます。
※サイト内ランキングへの反映には時間がかかります。