宇宙混沌
Eyecatch

第5章:火消し [2/5]

「……此処は?」
 ドランクが目覚めたのは、丸一日経ってからだった。
 寝転んだまま周囲を見渡す。壁一面、天井まで本棚に覆われている小さな部屋。寝台の他にはテーブルと、ソファーと、薬の調合器の載った作業台。衣裳箪笥もある。
「私の部屋です」
 声を聞きつけ、ヴォルケが隣室から姿を現した。
「錯乱していたので、魔物用に用意していた薬を使いました。目を離して容体が急変したり、誰かに狙われたりしたら事ですから」
「お気遣いありがとうございます。スツルム殿は?」
「まだ魔物の相手ですよ。貴方も倒れた事ですし、今日も無理なら依頼主に妥協案を持って行って頭を下げるとの事です」
「すみません。期待に応えられなくて」
「どんな人間も万能ではないですから。コーヒー飲みます?」
「流石に白湯が良いです」
 ヴォルケは給湯室へ。ドランクは身を起こし、自分の状態を確認した。
 服が着替えさせられている。
 溜息を吐いた。この本棚に並んだ魔法書の数を見るに、使いこなす才能は然程開かなかった様だが、知識自体は相当あるだろう。
 と、並ぶ本の中に、背表紙が真っ赤に染まった一冊がある事に気が付いた。ドランクが手を伸ばして取り出そうとした時、扉が開く。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
 温かいカップを受け取る。乾いた喉が幾らか癒された。
「僕、何か寝言言ってました?」
 ヴォルケは椅子に腰を下ろし、覚えている限りの事を話す。
「アウトですか?」
「それだけなら、ギリギリセーフです」
 宝珠、そう、宝珠だ。
 これを手にした日から、もう後戻りできなくなってしまった。
「……着替えは私が。スツルムにも見せていません」
「重ね重ね、ご配慮ありがとうございます」
「スツルムが着替えさせた方が、良かったかもしれませんが」
「…………」
 ドランクの背中に刻まれた情報。ヴォルケの口調からして、細部までは解らずとも、幾らかは解読できたに違いない。
 恩人であるヴォルケを巻き込む訳にはいかない。恩人だからと言って、他人を完全に信用する事など出来ない。スツルムは寂しがるだろうが、そろそろ此処から離れないと。
「そう言えば、離婚できたんですか? もう半年は過ぎましたが」
「ああ、言ってませんでしたね。先日無事に」
 ヴォルケは飲みかけだったコーヒーを啜る。すっかり冷めていた。
「モテると大変ですね」
「別にそこまでじゃ。一応僕の方から求婚した手前、強く言えなくて」
「……そうですね」
 ふと、ヴォルケの視線が例の血塗れの魔法書に向いた。直球で何なのか尋ねるのは憚られて、別の質問をする。
「その、ヴォルケさんは、どうして傭兵に?」
「何故そんな質問を?」
「いや、だって、――島で交渉のテーブルに着く時の言葉遣いとか仕草とか、上流階級のそれで、僕本当にびっくりして……」
「まるで上流階級に生まれれば傭兵になるなんてあり得ない、という言い草ですね。貴方だってそうでしょう?」
「それは、まあ……」
「自分は違いますよ。そんな良い生まれじゃ」
 ヴォルケは立ち上がり、血塗れの魔法書を取る。入門書、それも初歩の初歩が書かれた定番の一冊だった。
「ああ、これはドナの血です」
 ドランクの視線に気が付いたのか、問われる前に答える。内容を読むでもなく、ぱらぱらと傷んだ頁を繰った。
「自分は仕える主も守れなかった、しがない使用人。そして」
 フフッ、とヴォルケは笑う。ドランクはぞくりとして、思わず掛布を引き寄せた。
「ただの火消しです」

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