宇宙混沌
Eyecatch

第6話:枯れた後に花は咲く [3/6]

「……驚いたよ」
 僕は彼女に話しかけた。彼女の視線はどこを向いているのか掴めない。
「本当だったんだ、あの話」
 もう一歩、近付いても大丈夫だろうか。いや、近付く必要なんて無い。知らん振りして通り過ぎれば良いんだ。
 なのに、どこか人を惹き付ける力が、その星晶獣にはあった。
 まるで「死」のように。

 何をしているんだろう。
 ドランクは崖の縁に立つ女に向かって歩を進めていた。二人の姿はグランサイファーの窓からは丁度死角になるらしい。私以外の誰も二人に気付いていないようだった。
 落ちる。そのまま歩いたら、空の底にドランクが落ちる。そう見えて、叫んで止めようとしたのに、その異様な光景に声の出し方を忘れてしまっていた。
 黒い服の女が手を翳した所に咲いていた花が、見る見るうちに萎れていった。どうして。この崖には年中花が咲いているのに。
 一年中。時には冬に雪の下から柔らかな花弁が出てくることさえあった。
 ああ、そうか。そんなのおかしい。この花は――皆死を奪われていたのだ。
「一つ訊いて良いかな?」
 ドランクは手を伸ばせば女に触れられそうな位置で立ち止まり、問う。
「貴女、僕のおばあちゃん……八十年位前にさあ、たまに此処に遊びに来てた女の子の小さい方だけど、彼女に死を奪ってくれって頼まれて、どうして奪わなかったの?」
 セレストは答えない。ただ粛々と、己が死を奪った花達の命を奪って食べている。この崖は彼女の畑だったのだ。
「……何にも答えてくれないところも、おばあちゃんから聞いた通りだね」
 ドランクは諦めて、グランサイファーへと踵を返す。私はやっと金縛りが解けて、その背を追い駆けた。
「ドランク!」
「フェリちゃん」
「お前、知っていたのか? セレストがああやって花を食べていたこと」
「まあね。ていうか、フェリちゃんも知ってた筈だよ」
 逃げ込むようにグランサイファーに乗り込んで、扉を閉める。
「セレストの為に、領主の家であの崖を管理してたって言ってたし」
 セレストの為に。セレストが、村人を食べないように。
 思い出した。セレストの伝承。セレストはその存在を維持する為に、他者の命を奪わざるを得ない。星の民がどういう意図でセレストを作ったのかはわからないが、たまたまセレストが回遊する地域にある島の住人には傍迷惑な話だ。
 それである時、一人の勇気ある若者がセレストに交渉を持ちかけた。それが私の遠い先祖――トラモント家の初代当主であったと聞いている。
 若者はこの島の崖一面に生い茂る花を彼女に与えた。セレストはそれを気に入ったのかこの島と契約し、人間を襲う事はなくなった。時折回遊する幽霊艇が見えれば、人々はこの崖に新たな花の種を植える祭りを行った。それも、私が生まれた頃には廃れた文化だったけど、領主の一族は代々土地だけは管理していた。
 それを私は、フィラから星晶獣の話を聞いたと言う、あの医者に唆されて、利用しようとして……。
「セレストは、おばあちゃんが一人の時に限って出てきたんだって」
「何故?」
「さあ。僕の推測だけど、活きの良い人間は美味しそうだから食べちゃわないようにじゃない?」
「って、それならなんで近寄ったんだ危ないだろ!」
「いやー参った参った。僕としたことが魅入られちゃって。見逃してくれて助かったよ」
 もしかすると、交渉じゃなかったのかもしれないな。私の先祖は、ただ美しい女性だと思って、そこに生えていた花を渡して気を惹こうとしただけなのかもしれない。
 それじゃ、とそのまま甲板に行こうとするドランクを引き留めた。
「フィラはセレストになんて言ってたんだ?」
 ドランクは言葉を濁す。
「答えろ! 死を奪えって言ったんだろ!? でもフィラはあいつが花を枯らしているのも見ていて――」
「なんだなんだ大声出して」
 遮ったのはラカムだった。ドランクが微笑む。
「ちょっとね。セレストが起き出してきてるみたいだけど、ルリアちゃんも何も言ってなかったし、ちょっかいかけなければ大丈夫だと思う。あ、今は騎空艇じゃなくて女の人の姿をしてるから、間違ってナンパしないように」
「しねえよ。んで、お前らはなんで戻って来たんだ?」
「流石に体が鈍っちゃってさー。甲板で運動して良い?」
「ジータが許可してんだろ? 俺の止めることじゃねえよ」
 そう言うとラカムは去る。ドランクが再び甲板へ上がろうとしたので、私もそれに続いた。
「『あなたに死を奪ってもらって、』」
 甲板に出て、ドランクはストレッチをしながら先程の問いに答える。
「『あなたに食べてもらえば、この命が終わることも怖くないのかしらね』」
「……そうか」
 視界が霞む。ドランクが体操をやめて近付き、私の頬を拭った。
「知らなかったんだ」
 フィラがそんなにも病による死に怯えていたこと。
「……体があまりに辛くて、崖から飛び降りようとしたこともあるって言ってた。その時にたまたま下に居たセレストと目が合って、びっくりしてやめたらしいけど」
 ドランクが花畑を見遣る。満腹になったのか、星晶獣の姿は消えていた。彼女が立っていた崖の縁の所だけ、花がなくなっている。
「セレストは死を奪い、奪われたものの命を糧とする、何にも与えないし生み出さない星晶獣だけどさあ」
 ドランクはその土が露出した部分を指さした。
「ああやって前の花がなくなった所には、また新しい花が咲くんだって。おばあちゃんは双葉が蕾になって、満開になってセレストが時を止めるまでの流れを見るのが好きだったんだよ」

闇背負ってるイケメンに目が無い。