宇宙混沌
Eyecatch

第1章:束の間 [2/4]

 月日が流れ、僕が漸く「普通の二十歳」くらいに見えるようになった頃。両親は壮年を過ぎ、老いが至る所で目に付いた。
 家事も、仕事も、もう両親だけでは回せない。お父様は僕の事を遠い親戚だと偽り、秘書として仕事の場に同席させるようになった。
 その日、ハーヴィンの商人が持ってきたのは、世にも珍しい宝珠と呼ばれる魔法道具だった。
「とても貴重なものですので、なかなか買い手が付きませんで」
 貴重な分高価でもある。当然、お父様はそれを買わなかった。
「うちとお宅との付き合いですから、購入したいのは山々ですが、ガハッ……」
「お父様!」
 喋っている途中で咳の発作が出た。老体を隣の部屋に連れて行き、休ませる。
「申し訳ございません、お見苦しい所を。ご主人様もお疲れの様ですので、今日の所は……」
 お引き取りください、と言いたかった言葉を飲み込んだ。ハーヴィンの商人は目を見開いて、僕を顔をじっと見ている。
「やはり……貴方は……」
「どうかされましたか?」
「坊ちゃんなのですね? この家の」
 どうしてばれたんだろう。今日の行動を順に辿り、先ほど無意識に「お父様」と呼んでしまった事に気付く。
「でも、どうして……。おめでたの話を聞いたのは三十年以上も前では……」
 どうやって誤魔化そう。死んだ兄とは別人だと言えば良いだろうか。でもそうするとお母様が高齢出産しただの、お父様に愛人が居ただのと変な噂が立ちそうだ。
「お願いです、どうかご内密に」
 結局、そう言う事しかできなかった。

「……では、生まれてから一度もこのお屋敷から出た事が無いと」
 商人を屋敷の門まで見送る。長い長い建物から門までの道で、僕は彼に自分の境遇を語っていた。
「見たいとは思いませんか、世界を」
「とうの昔に諦めてしまいました」
 僕の目に見えるのは、埃っぽい館と、荒れている庭と、老いた両親。その変わり映えのしない景色。
「僕は……窓から空が見えるだけで、十分です」
 本当は行ってみたい場所はあったけれど、もう、一緒に連れて行きたい人は居ない。
「それなら、今日一日だけでも」
 門を開け、外で待っていた商人の馬車の横で別れの挨拶をしようとした時、いきなり商人が僕を突き飛ばした。商人の指示で御者が降りてきて、二人がかりで無理矢理馬車に乗せられる。
「いきなり何するんですか!?」
「後でちゃんと送り届けますから。一度も街の様子を見ずに人生を終えるなんて、私には……」
 余計なお節介だ。降りようとしたが馬車が動き出す。仕方なく、椅子に腰を下ろして窓の外を見た。
 進むにつれて人の数が増えてくる。葬儀で見た数よりもずっと多い。人、人、人。この世界には四種類の人種が居るとは聞いていたが、ドラフ、という角の生えた人間を見るのは初めてだった。
 一際賑やかな場所で、馬車が揺れて止まる。商人は僕を小さな建物の中に連れて行き、所狭しと並ぶテーブルの一つに着かせた。
「紅茶は飲めますか?」
「ええ、はい……」
 エプロンを付けた女性がやって来て、商人が紅茶二つ、と言づける。暫くすると、良い匂いのするそれが運ばれてきた。
「此処は喫茶店と言いましてね、お金を払う事で飲食が出来る店です」
 親切に解説してくれる。
「僕、持ってきてませんよ、お金なんて……」
「このくらい、私が支払いますよ」
 僕は隣のテーブルに座る少女達――多分僕の半分の年齢も無い筈だ――が、ちらちらと僕の顔を見ては笑って何かを囁き合っているのに気付く。右目が見えない様に前髪を今一度整えた。
「母君に似て、綺麗なお顔立ちですからな、坊ちゃんは」
 僕の顔は綺麗なのか。比較対象が少なかった上に全員血縁だから、ぴんとこない。
 商人が紅茶を飲んだので、僕も真似をする。暫くして、商人から口を開いた。
「一つ商談に乗っていただけませんか」
「何でしょうか?」
「あの宝珠、父君に買っていただくのを当てにしておりましたので、かなり困っているのですよ。なので、坊ちゃんに買っていただけたらと」
「……そう言われましても」
 あの家の財産を動かす権利は僕には無い。それに、魔法道具なんて手にしたら、両親が何と言うか……。
「お金なら、私の為に少しばかり働いていただければ構いません」
「働く?」
「良い宝石が採れる洞窟がありましてね。そこの魔物が一掃できれば、宝珠の一つや二つくらい賄えますよ」
「でも、僕、魔物退治なんか……」
「此処に宝珠があるじゃないですか」
 商人は有無を言わさぬ口調だった。
「坊ちゃんほどの魔力があれば、すぐに使いこなせますよ」

 僕は両親に手紙を書いて、その島を出た。郵便の出し方や、乗り合い騎空艇の乗り方も、商人が教えてくれた。
 家に送り届けるという話は何だったのだろう。でも、このくらい強かでないと、商人などやっていけないのかもしれない。
 その足で洞窟へと向かう。宝珠は、僕が握ると思った通りの魔法を繰り出してくれた。襲ってきた魔物を一匹、また一匹、と凍らせていく。
「これは、魔物の毛皮も売り物になりますね。宝珠代は十分回収出来ましたよ」
 商人の部下達が、洞窟から魔物の死体を運び出していく。洞窟の入り口から臨んだ空は、今まで見た中で一番広くて、一番綺麗だと思った。
「さて、どうされますか? お屋敷までお送りしましょうか?」
「いえ」
 僕は宝珠を懐に仕舞う。
「もう少し……外に居たいと思います」
「そうでしょうね」
 日が暮れたら冷えます、宿まで帰りましょう、と商人が馬車を示す。彼の提案に従った。
「であれば、仕事を斡旋しましょう。先程の様な魔物退治の仕事は、かなり需要があるのですよ」
「へえ」
「主に傭兵とか、騎空士がやるような事ですけどね。……お歳を取るのが遅いというのなら、あまり一所に留まらない方が良いでしょう。二、三年に一度、長くても五年に一度は住まいを変えるべきですね」
 助言は聞いておくことにした。僕はそうして「傭兵」となり、空を飛ぶ事は出来ないながらも、果てしない自由を手に入れた。

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