第2話:恥ずかしがってちゃ駄目です [1/3]
「買わないといけない物は全部買ったかな」
「ああ」
「やっとお休みだー」
暖かい日の昼下がり。僕達は長丁場になっていた魔物の駆逐の仕事を終えて、束の間の休暇に入ろうとしていた。市場から一歩路地に入った場所で、買い物リストを握った手を頭上に伸ばす。
「今日は暑いし、宿に帰ってゆっくりしよ」
「背中丸出しなのに暑いのか」
「エルーンだから」
「不思議だな」
そういうスツルム殿も、今日は鎧を脱いで涼し気な恰好をしている。相変わらず帯剣はしているけれど。
「宿で冷たい物でも食べる? 奢るよ」
「ん」
再び陽が照らす大通りに出て、凍らせた果物を売っている露店なんかを覗いてみる。スツルム殿がメニューを見始めた時、僕の背後に嫌な気配がした。
「ラインハルト?」
どこかで聞いたかもしれないような男の声。いつか使ったかもしれない偽名は、明らかに僕に向かって呼びかけられていた。
「やはりラインハルトだな! 探していたんだ、急に居なくなったりするから……」
「人違いじゃない? 行こ」
密偵の仕事をする時は、大抵上品な言葉遣いを心掛けている。別人だと主張する為にわざと軟派な口調で言うと、スツルム殿の肩を抱いてその場を離れようとした。
「いや、間違いない! その声、それからそのうねった髪」
「ちょっと! 触らないで!」
気持ち悪い。その時の事を鮮明に思い出してしまった。確か髪の毛フェチの男で、魔法で染めていた事を見抜かれてしまったのだった。まあ、その時点で僕が密偵だとは見抜けなかった間抜けな標的だったのだけど。
殆ど駆ける様にして逃げ出す。路地を通って少し迂回し、宿まで辿り着いた。
「昔の標的か?」
「うん。果物買えなくてごめんね」
「別に良い」
部屋に入るなり、僕は腰に提げていたポーチの中から小刀を取り出す。掴まれた髪の毛を、縛っていた根元から切り落とした。
「おい、何も切らなくても」
「だって気持ち悪かったんだもん」
足で床に落ちた髪の毛をまとめ、ちり紙で拾ってごみ箱に捨てる。髪の毛で扱いて、そのままかけてくる奴だったのだ。その仕事が終わった時も、おばあちゃん譲りの自慢の髪を捨てた覚えがある。
「甘い顔が台無しだぞ」
「髪なんてまたすぐ伸びるよ」
「揃えてやるから座れ」
言われるがまま、椅子に座る。スツルム殿はいつも自分の髪の毛を切っている鋏を取り出すと、器用に僕の毛先を切り始めた。
「上手だねえ」
「慣れている」
「でも自分の前髪は切り過ぎちゃうんだ」
「お前が急に大きな声出すから」
「ごめんごめん」
この前の休暇に昼寝をしていて、魘されて寝言を言った。というよりも叫んでしまって、僕自身も飛び起きてしまったのだった。あれ、内偵業務中にやってないと良いけど……。
「でも、おでこ見えてるの可愛いから結果オーライじゃない?」
「褒めても何も出ないぞ」
言っている間に切り終えたのか、スツルム殿は周囲に散った僕の髪の毛を手で集めている。大きく開いた服の背中から、中に入り込んだのを取ろうとして、小さな手が腰の辺りに触れた。
「くすぐったい」
「じゃあ脱げ」
「こそばくなったら都度取ればいーよ」
面倒なのでそういう事にしておく。スツルム殿は僕の横に立って、何処か不服そうに僕を顔を見ていた。
「どうしたの? 髪短い方が格好良くて見惚れちゃった?」
「長い方が見慣れてるから落ち着かない」
「そっか」
礼を言い、また昼寝でもしようと立ち上がろうとしたが、スツルム殿が椅子の横から退かないので僕も動き辛い。
「まだ何かあるの?」
「……お前……いつになったら続きを教えてくれるんだ」
「続きかぁ」
スツルム殿に、懐柔の為のセックスを教えろと言われたのは一月ほど前。僕は延ばしに延ばし、二人の関係は舌を絡ませるキスと僕の一物を舐めてもらう以上には進展していない。というか僕は進展させる気が無い。
でも、流石にそろそろ適当な何かを教えないと、また実践で覚えると言われたら嫌だしなあ。僕は暫し考え、今日の課題を思いつく。
「じゃあ、今日一日裸で過ごしてみて。部屋に居る間だけで良いから」
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