「どうしてっ……!」
領主が死んだ報せが入った日。私は下宿に帰るなり鞄を床に叩きつけ、ベッドに臥して泣いた。
「どうして、どうして、どうして!」
どうして私はお姉様より強くなれなかったのだろう。私がお姉様より強ければ、お姉様が次の領主と推される事も無かったのに。
でもどうしても勝てないのだ。試合でも、練習でも、お姉様を倒した事など一度も無い。
「お姉様……」
彼女の幸せの為なら何だってしよう。お姉様をこの島に縛り付ける訳にはいかない。
でも、どうすれば。正攻法で勝てるわけがない。試合をめちゃくちゃにしてしまおうか? いや、それでは私が捕らえられた後にやり直しが行われ、結局お姉様が優勝するだろう……。
悩みながら顔を枕にこすりつけているとぐちゃぐちゃになる。一先ず顔を洗いに洗面所へ。
「……そうだ」
頭を冷やしたところで思い出した。此処の棚に、あの香水瓶を仕舞っておいたのだった。
『香水なんて付けてる洒落た人で』
『一度手合わせしてみたかったな』
ぎゅっと小さな瓶を握る。お姉様、まだ彼の事を憶えているだろうか。今でも彼との手合わせを望んでいるだろうか。
私は部屋に戻る。目を凝らして、ワックスの下に残る線の跡を探した。
彼は何を練習していたのだろう? それはきっと彼の弱点で、克服したのなら強みだった筈だ。
見つけた線を片っ端からチョークでなぞっていく。一通り終わると、今度は本棚に剣術の本を探しに行った。
勝てないと決め付けていては永久に勝てない。下手な小細工を考えるよりは、正攻法で打ち負かす方がまだ勝率が高い。
諦めるな。まだ試合まで時間は残されている。その間に己の剣術を矯正するんだ。
普段と違う動きを――彼の動きをする相手が試合で突然現れたら、流石のお姉様も驚くだろう。
それも、彼と同じ香りを身にまとった私であれば。
……いいえ。お姉様の記憶に頼るつもりもありません。
「貴方の力を、お貸しください……!」
ポイントを再確認して、本を閉じる。祈る様に呟くと、私は本を置いて剣を手に取った。