第1話:幽霊の先輩 [3/4]
私を庇護してくれたのは、お姉様が初めてだったのです。
少なくともあの頃はそう信じていた。
「お姉様! 今日もサンドイッチを作ってきたのですが……」
「ヴィーラ! ありがとう。生徒会の用事が終わったら、いつものベンチに行くよ」
中庭のベンチは私の特等席となった。
お姉様は、料理も得意ではないし、成績だって満点を取るお方ではない。それでも剣術の腕は、それはそれは素晴らしいお方だった。
私は同じ階級の生徒の中では一番強かったけれど、ついぞお姉様を負かして学校一の剣の使い手になる事は出来なかった。
あの日までは。
「ヴィーラはどうしてアルビオンに入ろうと思ったんだ?」
それはいつもの様に、待ち合わせのベンチにサンドイッチを持って行った時の事。
「……実家を、出たかったんです」
「ご家族と、仲が良くないのか?」
「愚鈍な兄達の事が、好きになれなかったんです。両親も、女で末子の私には仕事を継がせる気が無くて」
お姉様は苦笑する。
「いくらなんでも愚鈍と言ってはいけないよ」
「……そうですね……」
唇を噛んで俯く。
解っている。お姉様と私は違う人間である事くらい。私だって、お姉様の大きくて深い献身の志を理解しかねる時もある。お姉様だって、経験した事の無い私の苦労を知る由もない。
「君によく似た人が居たよ」
話題を変えて、お姉様がふと溢す。
「居た? もう居ないのですか?」
「昨年の今頃、突然居なくなってしまった。尤も、彼は逆に跡継ぎという立場に悩んでいたみたいだけどね」
「そうでしたか……」
昨年の、今頃。
それはあの手帖に書かれた最後の日付と、時期が重なる。あの手帖の持ち主は、伯爵家の一人息子。
間違いない。
ぱっと顔を上げると、お姉様が微笑んだ。
「君は明るくなってくれて、本当に良かった」
「……はい!」
サンドイッチのお代わりを勧め、私も一つ手に取る。
「そのお方、どうして居なくなられたのですか?」
「『駆け落ち』と皆は噂したな」
「駆け落ち、ですか……」
どういう事だろう。少なくとも、お姉様や他の生徒は、彼が死んだとは思っていないようだった。
「実際のところはわからないんだ。ある日突然、煙の様に忽然とね。私は、今も何処かで元気に過ごしているんじゃないかと思っているよ」
「親しくしてらしたのですか?」
「いいや。結構年上だったしな。香水なんて付けてる洒落た人で、少し近寄りがたい雰囲気だった」
「その割には、よく憶えていらっしゃるのですね」
「ああ。かなり優秀な人で、比べられる事も多かったから」
一度手合わせしてみたかったな。お姉様は最後にそう言って、サンドイッチを頬張る。
お姉様にそうまで言わせるなんて。私は口から出かかった嫉妬と共に、サンドイッチに入っていたトマトを飲み込んだ。
その日私は下宿に帰ると、窓際の小瓶を手に取った。昨日までは可愛い置物だったけれど、今日からは顔も知らない恋敵。
捨ててしまおうと屑籠に入れようとして、やっぱりすんでの所でやめる。
なんだろう。捨てないでおいたら、いつか役に立つような気がした。いつもはそんな事を思っても意を決して捨ててしまうが、その時だけは、私はそれを棚の中に仕舞い込むだけにした。
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