宇宙混沌
Eyecatch

幽霊の先輩


 「名門校」がこんなにもつまらない場所だとは思わなかった。
 凡庸な教官、愚鈍な同級生。カリキュラム一年目で習う範囲は、一月もすれば全て予習してしまえた。最初の進級試験までまだ半年近くある。やる事が無い。
「リーリエさん凄ーい! 全教科満点なんて!」
「当たり前ではありませんか?」
 定期試験の結果が張り出されると、私に声をかける者も多く出てきた。私は首を傾げる。
「寧ろ、この様な簡単な試験で、どうすれば間違えられるのでしょう?」

「一人で先へ先へ進むのは結構な事だけどねえ」
 私を司書室へ呼び出した教官は、額の汗を拭いながら説得を試みる。
「もう少し、皆と仲良くしたらどうかなあ」
「何故そんな事をする必要が?」
「何故って……同級生なんだし……」
「同級生? たまたま同じ年に同じ学校に入っただけの、赤の他人です」
 私は友達が欲しくて此処に来た訳じゃない。上へ、もっと上へ。父や兄達が私を認めざるを得ない力が欲しい。ただそれだけ。
「ただいま戻りました」
 学校は窮屈だったが、下宿に帰って来ると安心した。管理人室に顔を出してから、階段を上がる。出迎えてくれるのは、窓際の青い小瓶。
「今日は何を読もうかしら」
 宿題を早々に終えると、私は本棚を漁る。
 此処にある本は素晴らしかった。
 本そのものは、何処にでも売っている専門書や参考書だった。素晴らしかったのは、その書き込み。
 不足していたり誤解されうる説明の訂正、誤字脱字や内容の誤りの指摘、知っていると理解が深まる補足。それらがどの本にも数多く書き込まれていて、はっきり言って授業を聴くよりも役に立った。
 どんな人がこの部屋に住んでいたのだろう。いつしか理想の姿を想像するようになっていた。裕福な家の息子だった事は間違いないが、それ以外の手掛かりは――
「そうだ、手帳!」
 立ち上がり、それを手に取る。表紙のすぐ次のページに、名前が書かれていた。
 この名前は確か、――国の伯爵家。実家の取引先の一つだ。調度が高級なのも頷ける。
「でも、確か……」
 あそこの一人息子、半年前に亡くなったと聞いたけれど。

 事情があって、部屋をろくに片付けずに去った。なるほど、不慮の事故に遭ったと考えれば辻褄が合う。
 死んだ人間の家に住み続けるのは気味が悪いが、かと言って引っ越しも簡単ではない。第一、この部屋で死んだのではないなら、そこまで怖がる事もないだろう。そのような告知は受けていないし、両親や大家が隠しているとも思えない。
 私は悩んだ末、香水瓶も手帳も、結局捨てなかった。一人息子の形見に、親御さんが気付かなかっただけかもしれない。
「学生が命を落とす事があるのかしら……」
 その日私はいつも通り、一人で帰宅しようとしていた。下級生は必ず、下宿近くまで複数人で登下校する様に言われていたけれど、私と一緒に帰ってくれる人なんて居なかった。
 別に構わない。他の生徒が居たって、私よりも剣が下手なのだから足手まといになるだけだ。
「グルルルルル……」
 道の向こうから魔物が出てくる。大きい個体だ。
 ごくり、と唾を飲み込んだ。大丈夫、いつも通りやれば――
 ――でも、彼は死んだのだ。あんなに本に書き込む程の勉強家で、家でも剣の練習をしていた、前の住人は。
「ガウッ」
「キャア!」
 遅れを取った。中途半端に皮膚を裂かれて、魔物は更に息を荒くする。
 死ぬ。次の突進で魔物の牙が私の剣を奪った時、それを覚悟した。
「でやぁ!」
 その時、誰か他の人の剣が、魔物の喉笛を切り裂いた。
「大丈夫か? 君」
 腰を抜かしていた私に、その人は手を差し伸べる。
 肩の下まで伸ばしたブロンド。殿方程もある背丈。青い制服が良く似合う端麗な顔立ち。
「はい……」
 この時、私の一生が誰のためにあるのか、分かってしまったのです。

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