宇宙混沌
Eyecatch

幽霊の先輩


「頼むから言う事を聞け!」
「どうして貴方がたに従わなくてはならないのです?」
 両親は答えられなかった。[わたくし]はアルビオン士官学校への入学許可証も、そこまでの騎空艇のチケットも自力で用意していた。
「期日までにアルビオン入りしなければ、学校から状況確認の遣いが来ます。そうなれば、街中で噂になるでしょうねぇ。一体リーリエ家[このいえ]の誰があの名門校に合格して、なのに何故向かわないのかと」
「ぐっ……」
 父は拳を握り締める。
「解った。入学は認めよう。……向こうでは何処に住む気なんだ?」
「学生寮があります」
「経済的に難のある学生の為のものだな」
「ええ」
「下宿になさい」
「嫌です」
 一応、平均的な在学期間である五年分の学費は確保したが、学生寮に入る前提での計算だ。流石に民間の部屋を借りられる程は稼いでいない。
「金なら家から出す」
「それはもっと嫌です」
 両親から施しを受けるなんて屈辱だ。私をどこぞの貴族か商家へ売り飛ばそうとした、この人達の稼いだお金で生活するなんて。
「ヴィーラ、お前は女だ。ちゃんとした部屋に住みなさい」
「私より強い人なんて居ません」
「この街にはな。けど、アルビオンにはわからない」
「アルビオンは騎士を育む街です。婦女子に乱暴する人なんて、居るのでしょうか」
 父は溜息を吐く。
「……お前も、世界を見た方が良いな。前言通り入学は認める。但し、私が指定する部屋に住みなさい」
「条件の後出しなんて卑怯です!」
「お前だって黙って試験を受けて、結果の後出しだ」
「くっ……」
 今度は私が黙る番だった。
 結局、私は学生寮の枠を他の生徒に譲り渡す事にした。実家を出るという本来の目的が果たせるなら、利用できる物は利用していかなくては。そう、自分に言い聞かせて。

 アルビオンに渡ると、父が指定した下宿の管理人が馬車で迎えに来てくれていた。道中、窓から魔物が見えてひやりとする。御者が銃で仕留めて、大きな音に耳を塞いだ。
「まあすぐに慣れるよ」
 愛想の良い管理人に連れられ、建物の二階へ。
「素敵なお部屋ですね」
 学生の住まいとは思えないくらい広かった。調度も、装飾が施された品の良い物ばかり。父は一体いくら支払っているのかしら。
「あら?」
 中に入って、床に薄く残る跡に気付く。
「ごめんねえ。予定より早かったもんだから、まだワックスをかけ直していないんだ」
「いえ、お気遣いなく。今度自分でやりますので。それより、何の跡でしょう?」
「前に住んでた子がね、こうやって線を引いて色々練習していたんだよ。剣術とか」
「そうでしたか。……私も同じ事をしても?」
「構わないよ。ちゃんと拭いてくれればね」
 前の住人は掃除をして出て行かなかったのか。呆れた感情が顔に出てしまったのか、管理人は補足する。
「ちょっと、事情があってね。ご家族のご厚意で、調度や本は、次の学生さんに使ってもらってくれって置いたままになっているから。そのまま使ってくれても良いし、要らない物は言ってくれれば捨てるし」
「そうだったんですね。では、ありがたく使わせていただきます」
 部屋を辞す管理人に頭を下げる。私は隣の部屋への扉を開けて、本棚を探した。
「凄い!」
 壁一面に取り付けられた棚には、上から下までびっちりと本が詰まっている。どれも読んだ事がない難しい物ばかり。一冊取り出してぱらぱらと捲ると、書き込みは多いが、状態は良かった。
 興奮してページを繰っていたが、暫くして手を止め、唇を噛む。
 実家では、本を読んでいても良い顔をされなかった。兄達は勉強好きな私を変わり者と嘲笑い、両親は「賢しい女は敬遠される」と脅かす始末。
 でも、此処にはそんな邪魔者は居ない。ふふっと笑って、本を戻す。
 その時、棚の一番端に、本よりも小さな冊子が挟まっているのが見えた。
「何かしら」
 引き抜いてみる。使い込まれた手帳だった。本の書き込みと同じ筆跡で、びっしりと予定や日報が書かれている。記載は半分を過ぎた辺りで途絶え、その次のページは破られていた。
 この部屋の前の住人の、学生生活の記録。捨ててしまおうかと思ったが、元の持ち主が探しているかもしれない。取りに来た時の為に、元の位置に戻す。
 荷物を解くついでに、他の部屋も点検する。洗面所には、小さな硝子瓶の忘れ物があった。男物の香水。
「殿方でしたか」
 優美な字だったので、てっきり女性かと。これも捨てようかと一度は屑籠に入れかけたが、やめて窓辺に置く。最低限の調度しかない殺風景な部屋には良い置物だ。陽の光で傷むけれど、私は中身に用は無いし、手帳と違って替えが利くものだから良いだろう。
 椅子に座り、窓際を眺める。私以外の人が此処に居た形跡。
 それは中古の部屋である居心地の悪さではなく、寧ろ、心細さを和らげる効果があった。
「……私の兄達も、貴方の様な勉強家でいてくださったら良かったのに」
 青い小瓶に話しかける。らしくもない、と思って、私は首を振ると荷解きに戻った。

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