平行線 [9/9]
「ドランクさんって、絶対にスツルムさんの前を歩かないんですね」
グラン君に指摘されて、僕は苦笑した。まだ若いのに、しっかり人の事を見てるんだから、油断ならないなあ。
「あっれぇ~? 気付いちゃった?」
「歩き出す時も、必ずスツルムさんが一歩踏み出すのを待ってますよね」
「まあねー。気を抜くとどうしても僕の方が足が速いからさ。後ろから追う方がペース合わせやすいの」
「紳士的だな」
カタリナさんにはそう言われる。僕達はたまたま目的地の方向が同じで、グランサイファーに乗せてもらっていた。お礼代わりに、スツルム殿は甲板で魔物退治を、僕は倉庫で荷物整理を手伝っている。
「古い本も結構あるねえ。これは古すぎて読んでも役に立たないと思うけど」
「そうか。なら廃棄用の箱に入れてくれ。目利きが居ると助かるな」
「どういたしまして~。お、これは絶版のレア物! 誰も読まないなら、売れば良い値段になると思うよ」
「ありがとうございます」
グラン君はそれを売却用の箱に入れると、手に付いた埃を叩いた。
「でも、置いて行かれたりしないんですか? なんかよく慌てて追いかけてるの見ますけど」
「あはは。大丈夫だよ。スツルム殿が本当に僕の事置いて行くなんて事、無いから」
「やけにはっきり言い切るな」
「スツルム殿がそう言ったんで」
僕は彼女の言葉を信じる。
「それに、僕も力の及ぶ限り彼女について行くって、決めてるから」
「人の関係はそれぞれだと思うが、なんだか意外だな。本気を出せば、君の方がスツルムより腕が立つだろう?」
「そんな事ないよー。スツルム殿に背中を護ってもらわないと怖くて戦えな~い」
体をくねくねさせて冗談を言うと、グラン君が笑った。釣られてカタリナさんも吹き出す。
昔は、道ですれ違う人が楽しそうにしているだけで内心苛ついた。誰かを見下していないと自分の価値を見出せなかった。誰よりも強く賢しくならないと安心出来なかった。
でも、今は違う。彼女が気付かせてくれたから。
「ねえグラン君」
「はい?」
「もしも、もしもだよ。万が一僕が独りになったら、この騎空団に拾ってもらえる?」
真面目な声色を押し隠せなかった。グラン君は笑うのをやめて、それから僕に微笑み直す。
「勿論、大歓迎ですよ。でも」
一瞬間を置いた。
「そんな事にならない様に、僕は祈ってます」
「私もだ」
カタリナさんも言って、作業を再開した。僕は小さく感謝を述べて、また未整理の箱の中に手を伸ばす。
グラン君も棚の上に手を伸ばしたが、ふと思い出したかのように僕を振り向いた。
「あ、そうだ。結婚式には呼んでくださいね」
「え、誰の?」
「お二人のですよ!」
僕はぱらぱらと内容を確認していた本を取り落とす。
「なんで急にそんな話になるの!? 僕達、手も繋いだ事ないんだけど?」
「ええ!?」
大きな声を出したのはカタリナさんだ。本人も吃驚したのか、振り返れば手を口に当てている。
「え、違うんですか?」
「グラン君までひっど~い。僕、そんなに見境ないように見える?」
「見える」
「ちょ、カタリナさん……。いや僕は、ザンクティンゼルで引退後の話してたし、てっきり婚約してるんだと……」
「してたら良いんだけどね~」
機を逃したら今更言い出しにくくなってしまった。それに別に、隠居の件もスツルム殿と一緒に住むとは言っていない。その時どうしたいか、スツルム殿が決めれば良い事だ。
「よし、じゃあ告白しよう」
「え?」
カタリナさんの意外な言葉に振り向いたのは、僕じゃなくてグラン君の方が先だった。
「その想い、今伝えないでいつ伝えるんだ?」
「カタリナさんってこんな熱いキャラだっけ?」
「いえ、僕もこんなに食いつきが良いのは初めて見ます」
「時は一刻一刻と過ぎていくんだぞ! さあ! さあ!」
「えっ、ちょっ、本当に行くの~?」
拒否しようとしたが、赤い瞳に凄まれる。一度殺されかけた相手に歯向かう無謀さは、流石にもう持ち合わせていない。
「無理強いは良くないですよ、カタリナさん!」
「別に強いてはいないぞ?」
「それ、剣に手を添えながら言う言葉じゃないと思います」
グラン君も溜め息を吐いた。
カタリナさんに引きずられ、甲板に出る。スツルム殿が気付いて、自ら寄って来た。
「どうしたんだ、揃って」
「いや、その」
カタリナさんに小突かれて、一本前に出る。
ああ、踏み出しちゃったものは仕方ないな。振られたらグラン君が拾ってくれるって言ってるし、と半ば諦観して、言葉を選ぶ。
「勘違いだったら刺してくれて構わないんだけど」
「なんだ、まどろっこしい」
「やっぱりあの時、僕間違ってたよね?」
スツルム殿なりのお誘いだったんじゃないかって、ずっと考えていた。ただ一度だけ、同じベッドで寝たあの日。
「……半分は、合ってた」
艇が風を切る音の中、スツルム殿の小さな口から紡がれる言葉を聴き漏らさぬよう、頭の高さを合わせる。この前新調したマントも、また裾がぼろぼろになるな。
「あの頃のお前は、あたし一人の手には負えなかった」
苦笑が漏れる。そうだ、あの頃の僕は手負いの獣で、ただ一人信頼しているつもりのスツルム殿の事も、心の何処かで疑っていた。そんな拗らせた大人が一人、まだ年端のいかない少女に寄りかかっていたんだから、さぞ疲れた事だろう。
「でも半分は間違いだったんだ」
スツルム殿はこくりと肯く。
僕はグラン君達の目がある事も忘れて、その場に跪いた。腰のポーチから小さな巾着を探し出し、中に仕舞い込んでいた指輪を取り出す。それを自分の左手の小指に嵌めてから、豆だらけの小さな手を取って、燃える炎の様な目を見た。
「じゃあ、その時考えてたもう一つの方、言うね」
僕が何と言ったか、そしてそれにスツルム殿がどう答えたか。それはタイミング良く襲い掛かって来てくれた魔物の大群のお陰で、僕達だけにしか聞こえなかった。
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