宇宙混沌
Eyecatch

平行線 [6/9]

「今回は此処でお別れ」
 仕事終わり。報酬を分け合い、手頃な価格の店で夕食を摂った後、ドランクはそう言った。彼の向く先には港がある。
「この島に泊まらないのか」
「近くに、気になってた遺跡がある島があってさ。陽が出てる間に沢山見たいから、夜便使おうと思って」
「そうか」
「じゃあまたね」
 手を振って笑みを向けていた姿も、数歩も行けば前を見る為に姿勢を正す。
「遺跡……」
 歴史は教えてくれないんだな、なんて下らない事を考えて、気を紛らわす。
 ドランクは、仕事の相棒だ。これまでみたいに、休みの日まで四六時中あいつが付き纏ってきたり、あいつに連れ回されたりしてた方がおかしいんだ。
 とぼとぼと宿を探して歩いていると、背後に人の気配がした。距離が近過ぎる。素早く剣を持ち直して、鞘から抜かずに後ろの人物の頭を狙う。
「うおっと!」
 もちろん寸止めするつもりだったが、相手がドランクで拍子抜けした。
「なんだお前か」
「ごめんごめん、驚かせちゃったね」
「何の用だ? もう艇が出る時間だろ?」
「ああ、うん。やっぱり明日の朝で良いや。夜道危ないし」
「お前な……」
「うん?」
 細められた垂れ目に、言おうとしていた言葉を失う。
「……二部屋ある宿を探して歩き回るのは、嫌だからな」
「その時は僕が別の宿探すよ」
 この優しさをどう捉えれば良いのだろう。こいつの事だ、夜に女を宿や家まで送り届ける事は、当然だしやらなければ自分の株が下がると思っているのかもしれない。
 別にあたしが特別だからじゃないかもしれない。
 そう考えると、あたしは月明かりに照らされてできた二つの平行に伸びる影を、重ねられるとは思えなかった。
 ……なんて、まだ重ねる事を諦めていなかったのか。自分が此処まで未練たらしく臆病な人間だって、こいつに出逢わなければ一生知らないままだったのだろう。
「すみません、シングルルームはあと一つだけで。ダブルベッドの部屋なら空いてるんですけど……」
「あーじゃあ僕はよそ――」
「なら、ダブルで構わない」
 目を丸くして黙りこんだドランクを尻目に、女将から鍵を受け取って部屋へ。
「早く来い」
「え……良いの? ベッド一つしかないよ?」
「良い。一人当たりの宿代は安くなるだろ」
「そりゃそうだけどさあ」
 言いつつも、ドランクもついて来た。部屋の扉を閉めると、急に心拍数が上がる。
 あたし達は仕事の相棒だ。
 あたしはそれを証明しようとして……完全に墓穴を掘った。
「どうしたの? 具合悪いの?」
 ドランクはいつも通り机に手帖を置いた。広げる前に、あたしの様子がおかしい事に気付く。
「別に」
「……やっぱり僕、他の宿行こうか?」
「なんで」
「流石に同じ布団は緊張して休めないでしょ」
「雑魚寝は慣れてる。実家はそうだったし」
「いや、僕達家族じゃないし? 何もしないからって言ったって、信用してくれないでしょ?」
 何もしないし、家族になる事も考えない、か。相棒で居ろと言ったのはあたしだ。曲解だと自分でも思ったが、顔が歪むのを我慢出来なかった。
 それを見たドランクの顔も、引き攣っていく。片耳だけに刺さったピアスが震えた。
「言う事間違えちゃったかな」
「間違えてない」
 お前が何と言おうが、それに正誤がある訳じゃない。そこにあるのは、ただ、あたしの反応だけ。
 あたしの試験紙が、先の命題があたしにとって偽であると示しただけ。
「……明日、何時の艇に乗るんだ?」
「へ?」
「この島の案件は大方片付けたし、あたしもその島で仕事を探す。後で合流するにも、その方が都合が良いだろ」
「あ、そ、そう。八時のにしようと思ってた」
「解った。先にシャワー浴びて寝る」
「うん……」
 ぽかんとした表情のドランクに背を向ける。汗を流して部屋に戻ると、ドランクは地図を広げていた。遺跡までのルートを確認しているらしい。
 あたしはベッドに座って、髪を乾かす。背後でドランクが立ち上がった気配がした。と思ったら、もわっと頭が熱気に包まれる。
「ひゃっ!?」
「どう? 髪の毛乾いたでしょ? 炎の魔法と風の魔法を組み合わせて応用してみたんだけど」
「お、驚かすな!」
「ごめんごめん。僕もお風呂入ろっと」
 ドランクの背中が風呂場に消えて、あたしは自分に悪態を吐く。そこは「ありがとう」だろ。こんなだから、ドランクに愛想を尽かされるんじゃないかって、不安になるんじゃないか。
 せめて、相棒として相応しい存在で居たいのに。
 布団に潜って悶々としていると、ドランクが上がってきてそっと隣に滑り込む。
「僕、誰かと同じベッドで寝るのって初めてかも」
「そうなのか?」
「あ、今、遊んでそうなのにって思ったでしょ」
 図星で顔が熱くなったが、既に明かりは消されていて、ドランクには見えなかった筈だ。
 ああ、でも言われてみれば、ドランクは口調が軽くて世辞が多いだけだな。
「お前に友達が居ないのは」
「え?」
「お前が誰の事も好きじゃないからか」
 息を呑む音がした。なんだ、自覚が無かったのか。
「僕は……好きだよ、スツルム殿の事は」
「……そうか。おやすみ」
「……おやすみ」
 暫くすると、規則正しい呼吸音が聞こえてくる。ドランクは言葉通り、あたしに何もしなかった。その夜も、それからも。例外的な「好き」の範囲は特定された。
 自分以外にも温められている布団は、暑くてとても眠れなかった。あたしはもう二度とこいつと同衾するものかと思った。

闇背負ってるイケメンに目が無い。