宇宙混沌
Eyecatch

平行線 [2/9]

「それで、三次元空間中の直線が、平行じゃないのに交わらない状態にある事をねじれの位置と言って……」
 食べ終わった皿を脇に避け、僕はノートに図を描いていた。話を聞かせている相手が上の空である事に気付き、言葉を切る。
「やっぱりつまらない?」
「いや。続けろ」
「話聴いてないでしょ。ねじれの位置以外で、三次元空間内の直線が交わらない条件は?」
「うっ……」
 解答は返ってこない。僕は溜息を吐かないように気をつけながら、ノートを仕舞う。
「二つの直線が平行な時、だよ」
 別に、スツルム殿に数学ができるようになってほしい訳ではない。ただ、こんな事しか話せなかった。話していないと、不安だった。
 友達なんてろくに居た事がない。両親とも仲良く会話した記憶が無い。コミュニケーションってどう取れば正解なんだろう。家庭教師はそんな事、教えてくれなかった。
「……続きはまた、今度」
 ぶすっとした顔で、スツルム殿が言った。僕は目を見開く。続き、聴くつもりあるんだ。
「今日は考え事」
「そう。さっきの友達に何か言われたの?」
「別に」
 まだ発つつもりは無いらしい。スツルム殿は脚をぶらぶらさせていて、時々僕の脚に当たる。ごめん、と小さな呟きが漏れる度、少しだけ笑んで怒っていない事を伝える。これで良いのかな。
 ……いや、僕にしては上出来すぎるよ。
 ふと窓の外の暗い通りを眺めると、先程の少女が両親らしき人物と帰路に就いているのが見えた。少女は楽しそうに、両脇の二人に話をしている。
 良いなあ。一瞬思って、それからどす黒くてぱさぱさした砂のような物が、僕の思考と視界を遮ろうとした。
「なあ、ドランク」
 スツルム殿の声に、閉ざされかけた感覚が戻る。
「なぁに?」
「気を悪くさせたら、すまない。なんで友達が居ないんだ?」
「僕以外の人には、訊かない方が良いと思う質問だねぇ」
 そんな事、解りきっている。皆が僕の事を嫌いだからだ。僕だって好かれようなんて思わない。
 愛されるよりも怖がられる方が良いって、恐怖政治をやってる女王が出てくる物語があったな。僕もきっとその女王の様に破滅するんだろうけど、人間遅かれ早かれみんな死ぬ。だったら別に、今この瞬間に終わってしまっても構わない。
 いつ死んでも後悔しないように生きているつもりだ。あとどのくらい生きられるのだろうと、残された時間に怯えたくはない。だから傭兵なんて不安定で危険な役割に身を置いて、思う存分魔法が使えるメリットだけを享受している。
 でも結局、愛なんて要らない、命なんて惜しくないと言って、自分よりも大きな虚像を印象付けようとしている事に、薄々気付いてはいた。
「……ごめん……」
 僕が答えなかったからか、スツルム殿はしおしおと縮んでいく。慌ててフォローした。
「あー、気を悪くしたわけじゃないよ、全然。ほら、僕、場所を転々としてたし? 友達作る暇も無いっていうか――」
「恋人もか?」
 ぺらぺらと言葉を紡ぐ口の動きを遮ったのは、予想外の問いだった。
「は?」
 あまりにも意外すぎて、思わず強めの音が出てしまう。
 スツルム殿は音を立てて立ち上がると、後で払うから会計頼む、と言って先に店を出て行った。いや、僕の口調も悪かったと思うけど、そんな急に距離置く事なくない?
 やれやれ、難しいお年頃だ、と財布を取り出して、ある仮説に辿り着く。
「……いや、いやいやいや」
 まさかスツルム殿に限ってそんな。単に話の流れでそう訊いただけだろう。
 僕の恋人の枠に収まりたいから確認した、だなんて、真実じゃなかったら僕はとんだ勘違い男になるじゃないか。
 僕は荷物を掴み、会計をしにカウンターへ。
 それに、仮に本当だったとしても、そんなの、きっと僕が耐えられない。
 平行線で良いんだ。もし交わって結び目など出来ようものなら、細い僕の糸はそこで千切れて死んでしまうだろう。

闇背負ってるイケメンに目が無い。