将来の夢 [5/5]
彼がやってきたのは、私が学校に上がる年だった。
「スツルム殿」
呼ばれて母が扉を開けると、そこには杖を突いた老人が立っていた。
「……ドランク!!」
母はわっと泣き出すとその人を抱き締め、家の中に招き入れた。私はそれで、彼が長らく行方不明だった私の父だと把握した。
父は母よりかなり年上だと聞いていたが、実際の風体を見てショックだった。父は母よりも三十は上に見えた。
しかし事情があり、父だけが先に年を取る結果となったのだとその後知る。
父は脚を悪くしていたのもあり、余生の殆どを家の中で過ごした。私達にした、複雑怪奇な説明を皆に繰り返すのも嫌だったのだろう。ジータおばさんの騎空団の他には、自分がかつて「ドランク」という傭兵だった事を、積極的には明さなかった。
その代わり、ずっと本を書いていた。
「空の底では、神火が出るまで暇だったから、魔法の研究が捗ってねえ」
母はギルド長としての仕事が忙しい。私の面倒は父がよく見てくれた。正直、父の事は父というより、祖父が居たならこんな感じなのでは、と思っていた。
「君に頼みたい事があるんだ」
ある日、母が居ない間に、その身に起きた全ての事を語ってくれた。遠い未来で、過去の自分にヒントを出してくれと。
「その頃には、僕もう居ないからね」
皺のある手で書き上げられた本を出版すると、間もなく増刷となった。母が傭兵を引退する頃には、印税だけでも食べていけるようになっていた。
私は大人になり、幼馴染のところへ嫁いだ。その後、十分に老いて父は亡くなった。
母曰く、昼寝をするから毛布を取ってきてくれと頼まれ、父にかけてやったのだと言う。そのまま眠るように、というより、気付けば息をしていなかったと。
「やっぱり、あたしが看取る事になったな」
葬儀で母はそう言った。
ああ、父は母には教えなかったのか。それが父の遺志ならと、私はついぞ未来の話を母にする事はなかった。
父の棺が空の底に見えなくなる。でも、私はもう一度だけ、見送る事になるのだろう。
「若い頃のお父さんってハンサムだった?」
帰り道、まだそれなりに悲しんでいる母に尋ねる。
「どうだったかな」
「もう忘れちゃったの?」
「フェリと顔は似てないな」
「フェリ……って、ジータちゃんとこのいつ見ても若い美魔女?」
「あれはドランクの大伯母だ」
「待って頭が混乱する」
「何を今更。色はフェリとそっくりだったな。瞳も巻毛も」
青い髪のエルーンなんて洒落た通り名で呼ばれていて、と母が微笑む。それを見て少し安心した。
それに、母にはまだ、とっておきのサプライズが残っている。それが何年後になるのかは、訊かなかったからわからない。でも、できるだけ遠い未来である事を、祈るだけだ。
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