『坊ちゃんもやっと退院ですね。お父様はもうすぐお見えになりますよ』
『そうですか』
僕は身支度を済ませて、窓の外を見ていた。やっと、と言われたが、そんなに長い間入院していた感覚は無い。
『まだ眩しいでしょう? 無理して見てはいけませんよ』
毒の効果で拡がった瞳孔が、まだ元に戻り切っていないのだそうだ。
看護婦の忠告は聞き流した。眩しい。明るい。とにかく良い天気だ。
その光に目が眩んだ。
看護婦が居なくなったタイミングで、僕はまとめた荷物を掴むと、窓枠に足をかけた。
二階から飛び降りたので、地面に着いた脚は流石に痛かったけど、ちゃんと歩けた。そのまま病院の裏の林へと入る。抜ければそこには、知らない街並みが眼下に広がっていた。
違う島に運ばれたのだったっけ。草を食べた後の記憶が朧気だ。そもそも朝顔もどきを食べた事すら、聞いて知っているだけで覚えてはいない。もしかすると、それより前の事まで抜け落ちているんじゃないか?
それで何が悪い? ふとそんな声が聞こえた気がした。
太陽が眩しい。そうか、それで良いんだ。
森の館の一人息子は、朝顔もどきを食べて死んだ。
そして此処に居るのは、まだ何者でもない「僕」。
自由だ。僕は今日生まれたのだ。
この、全てを包み込む様な光が、ずっと見えたら良いのに。