宇宙混沌
Eyecatch

宝石 [8/9]

「カタリナさんのその耳飾り、綺麗ですよね。何の石ですか?」
 青い髪のエルーンが、ふとそんな事を訊いてきた。
 グランサイファーの談話室。かつては敵だった傭兵の二人組を、今日は訳あって乗せていた。エルステ帝国が崩壊して、彼等と帝国との関係が切れてからは、こうして良好な関係を築いている。
「これか? レッドベリルだそうだ」
「へえ! すっごく希少な石じゃないですか!」
「そうなのか? 貰い物だから知らなかった」
「そうですよ。僕でも買うの躊躇っちゃうくらい高いです。その大きさだと下手したら家が買えますね」
「ええ!? そんなに高級な物だったのか……」
「そんなの誰に貰ったんですか~? 恋人とか?」
「いや、ヴィーラだ。卒業祝いで」
 ヴィーラの実家は豪商だった。珍しく実家に頼んで取り寄せてもらったとは言っていたが……。
「ヴィーラって? いや、待てよ、どこかで聞いた事あるような……」
「アルビオンの領主だ」
「ああそうそう。てっきり君が領主になると思ってたんだけど違って……」
 ドランクは途中で失言に気が付いたらしい。やにわに片隅に置いてあった雑誌を手に取り、話題を変える。
「ところで黒騎士サマへのお土産、何が良いと思います? アクセサリーは流石に変かな?」
「おい、もしかして君もアルビオンの出身か?」
「卒業生じゃないでーす」
 その言い方に引っかかる。卒業はしていない。在籍していなかったとは言っていない。ドランクは青い毛先を指に巻いていた。
「まあ、言いたくないなら別に構わないが」
 生まれ変わって、側に居たい人の隣に居るのだから、水を差すつもりは無い。
「……結局、私も騎士をやめてしまったがな」
「えー? そりゃ軍属じゃあないけど、今でもこの騎空団の立派な騎士でしょうよ」
 独り言に、ドランクは微笑む。
「ヴィーラさんには会う事あるの?」
「卒業してから長らく会っていなかったんだが、君達に追われている時に会ったよ」
「あーそういやフュリアスがアルビオンがどうのこうのって言ってたかも」
 ヴィーラを縛る鎖は、その時に切ってやれた。それでも、彼女が私を恋い焦がれて過ごした六年間の重みを、贖えたとは思っていない。
 なのに私は今も、こうして空の上に居る。
「……そんな暗い顔しないで。嫌な事思い出させちゃった?」
「ああ、いや。そうだな、人生とは、上手く行かない事や、後悔する事も多いなと」
「その若さでそれ言っちゃうの? まあ僕も若い頃は恥ばっかりだけどさ」
「君も私と片手で数えられる程度しか歳は離れてないだろう」
「まあね。でもさ、苦しかった日々の中にも、宝石みたいに大切にしたい思い出ってあるじゃない?」
「宝石……」
「僕は、赤毛のドラフのチビちゃんと過ごした三日間が、何より価値あるものだと思ってるけどね」
「やはり駆け落ちだったのか」
「あ、いやそれは違うよ。てかそんな噂になってたのか」
 そりゃそうか、とドランクは頭を掻く。
「カタリナさんには無いの? そういう思い出」
「あるとも」
 将来について悩んでいた日々も、ヴィーラは毎日サンドイッチを作ってきてくれた。その彼女の気持ちは、これからもずっと大切にしていきたい。
「じゃあ前を向いて、自分がやりたい様にやれば良いと思うよ」
「そうだろうか?」
「レッドベリルの持つ意味知ってる?」
 俯いた私よりも更に顔の位置を下にして、方解石の瞳が覗き込んでくる。
「『決めた道を進め』。その方がヴィーラさんも、喜ぶと思うよ」
 私は姿勢を正すと、耳飾りを外して掌に乗せる。
「そうか……」
 ヴィーラは、多くの人を広く浅く愛する事はできない子だったかもしれない。でもその分、誰か一人を深く愛する事はできたのだ。
「まあ全部受け止めるかどうかは、ちゃんと考えた方が良いよ。溺れちゃうからね」
 ドランクは人の心を読んだかのようにそう言うと、席を外す。私は耳飾りを付け直すと、今度の休みにアルビオンに寄ろうと決めた。

闇背負ってるイケメンに目が無い。