宝石 [6/9]
「……と、引き受けたものの……」
確かに彼女は図書館に通い詰めていた。しかし、静穏を保たねばならない場所では声をかけづらい。第一、山の様に本を目の前に積んで集中している所を邪魔するのは気が引ける。
学年混合の授業にも滅多に来ないし、どうすれば良いのやら。帰り道に頭を抱えていると、通りの向こうから悲鳴が聞こえた。
咄嗟に駆け出す。角を曲がった人気の無い路地で、下級生が魔物に襲われていた。
「でやぁ!」
素早く剣を抜き、片付ける。
「大丈夫か? 君」
腰を抜かしていた少女に手を伸ばす。相手が顔を上げて、私は思わず口を引き結んだ。
「はい……」
私に敬慕の眼差しを向けているその少女こそ、ヴィーラ・リーリエだったのだ。
想定していないタイミングでの接触に、慌てたのは私の方だった。何て言えば良いんだ? 教官から君の面倒を見るのを頼まれて、なんてはっきり言えば気分を悪くさせるに決まっている。
「あの!」
とりあえず立ち上がらせると、彼女の方から語りかけてきた。
「助けていただき、ありがとうございます。確か、カタリナ・アリゼ先輩ですよね?」
「あ、ああ。ええと、君は?」
つい知らない振りをしてしまった。嘘を吐くのは得意ではないのに。
「……失礼ですが、私の噂話などをお耳にしては……?」
「う~ん、すまない、私はどうも人の噂話は苦手だからな」
「そ……そうでしたか!」
その時初めて、私は彼女の笑顔を見た。
「私はヴィーラ・リーリエと申します! お見知りおきを」
「うん……君は笑ってる方が素敵じゃないか!」
「ヴィーラ!」
「お姉様!」
ヴィーラは、本当は気立ての良い子だった。私にはすぐに懐いてくれたし、私と一緒に居るうちに他の生徒とも交流するようになった。
「愚鈍な兄達の事が、好きになれなかったんです」
半ば家出する様に此処に来た理由を、ある時語ってくれた。女だから、末っ子だからという理由で父親に認めてもらえなかった。その悔しさが、周囲に対する敵意となっていたのだと。
「いくらなんでも愚鈍と言ってはいけないよ」
「……そうですね……」
ヴィーラは唇を噛んで俯く。話題を変える意味も込めて、ふと思い出した事を口にした。
「君によく似た人が居たよ」
「居た? もう居ないのですか?」
「昨年の今頃、突然居なくなってしまった。尤も、彼は逆に跡継ぎという立場に悩んでいたみたいだけどね」
「そうでしたか……」
事情も性格も全く正反対の二人が、唯一、文武両道で成績優秀という共通点だけで、同じ図書室通いという結果に落ち着いていたのは、本人達には失礼だが少し興味深かった。
「君は明るくなってくれて、本当に良かった」
「……はい!」
アルビオンでの生活が嫌いだった訳じゃない。ヴィーラの様に苦しんでいる人の助けになれた事は、誇りに思っている。
けれど。
「やはり次の領主はアリゼが有力ですかねえ」
「ほっほ。それは私に、彼女が卒業するまでに死ねという事かね?」
「とんでもない。ただ、彼女は良き指導者・教育者になるでしょう。私は、軍などに入るのではなく、アルビオンに教官としてでも残って欲しいと思いますね」
「まあその考えには同意しよう」
……私は。
私は、領主になる為に、石を磨いてきた訳じゃない。
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