宝石 [5/9]
レッドベリル
「――致しまして、在校生からの祝辞とさせていただきます」
私も「先輩」と呼ばれる学年になった。赤い制服を着た入学生達に微笑みかけ、舞台を降りる。
「カタリナ先輩!」
入学式を終えて早々、私は新入生達に囲まれた。
「カタリナ先輩の評判は学外にも及んでいます」
「入学案内の冊子に載っていた在校生インタビュー、素敵でした」
「私も! それで先輩に憧れて此処に」
「そうなのか。どうもありがとう」
悪い気はしない。目を輝かせて私を見上げてくる後輩達に、私も笑みを返す。
「……ん? あの子は……」
後輩達の頭の向こうに、一人ぽつんと佇んで此方を見ている新入生が見えた。確かさっき、新入生代表で答辞を読んでいたような。
しかし、彼女はふい、と視線を逸らすと、そのまま校門へと歩いて行ってしまう。
「彼女、小柄なのに入学試験トップだったのか」
「ああ、リーリエさん、史上最年少合格だそうですよ」
「へえ」
「実家はブルジョワなのに、此処への入学資金も、自分で働いたり資産運用をして稼いだとか」
「立派なものだな……」
天才が一人居なくなったと思えば、またすぐに現れる。アルビオンは名門校だ。自惚れたりうかうかしていたりすれば、あっという間に足を掬われてしまうだろう。
「――君に続いてリーリエさんまでも図書館通いになるとは……」
入学式から一月後、放課後に職員室の印刷機を借りて生徒会広報誌を刷っていると、近くのデスクからそう嘆く声が聞こえた。振り向くと、視線に気付いた教官と目が合う。
「おや、聞こえてしまったかね?」
教官は忙しなく額の汗を拭った。
「ええ。懐かしい名前が聞こえたものですから。彼は見つかりましたか?」
「いいや。学校側の管理体制の問題ではないと、――家から大きな叱責が無かったのが不幸中の幸いだね……」
状況からして自ら計画的に居なくなったのは間違いなく、彼の実力を考えれば我々が安否を心配する方が烏滸がましい。実家も、問題児の世話を押し付けていた手前、何も言えないか。
「ところで、リーリエさんは学校に馴染めていないのですか?」
「そうなんだよ。お茶飲む?」
お言葉に甘えて、一杯いただく事にする。
「先生は、そういう生徒を主に指導しているのですか?」
「僕は一応、そっち方面の専門でね。戦術や剣術についてはさっぱりだよ」
そういえばこの教官は職員室以外でほとんど見かけないな、と納得がいく。
「図書館通いも悪い事じゃないよ。学校に来て勉強してくれるだけ偉いものさ。けれどね、リーリエさんは周囲に対して敬意が無い」
「――先輩にはあったのでしょうか?」
「彼は逆だよ。他人に対して優しすぎたんだ」
そうなのか。難しいな、と思いながらカップに口を付ける。
「――君が人の事を悪く言っている所を見た事があるかい?」
「……いいえ」
私の悪口を言っていた生徒に、反論してくれたのを思い出す。
「リーリエさんは、言うのですか?」
「直球では言わないけど遠回しにねえ……。それで皆にも嫌われちゃってね」
教官は再度額を拭く。
「自分が好かれようと思ったら、自分も周囲に嫌悪感ばかり振り撒いてちゃ駄目でしょう? それは彼女も解っていて、好かれる事すら必要無いと思っているんだよ」
ああ、そういう事か。入学式の日、冷めた目で私を見ていたのは。
彼女には、皆に好かれて喜ぶ私の気持ちが、理解出来なかったのだ。
「彼女も成績は良いから、進級試験や卒業試験にちゃんと来てくれれば、――君の二の舞にはならないだろうけど……。あの様な態度のまま社会に出すのは心配だねえ……」
「そうですね……」
お茶を飲み終わる。含みのある視線を教官が寄越している事に、その時やっと気が付いた。
「もし良ければだけどね、彼女の事を気にかけてやってくれないか」
「私が、ですか?」
「君は誰とでも仲良くなれる才能がある。それに、優秀な君になら、リーリエさんも心を開くかもしれない」
「はあ」
何故私が、と思わなくはないものの、頼りにされる事自体は嫌じゃない。
「わかりました。見かけたら声をかける様にしてみます」
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