宇宙混沌
Eyecatch

宝石


 アルビオンにアルビオンなりの「正しさ」があるように、彼にも彼なりの「正しさ」があったのだと思う。
 実際、戦場で相手と一対一になった時に、剣術試合のルールなんて一々思い出す余裕も、必要も無いだろう。手合わせを申し込んだドラフの傭兵も、この学校でのルールなんて気にしていなかった筈だ。
 レギュレーション無しにして、もっと二人に戦わせてあげれば良かったものを。一戦目は確かに一瞬で傭兵がやられていたが、それ以降は良い動きをしていた様に思う。反則、と言って止めた所為で、アルビオン側も面目丸潰れ、本人達も思った様に刃は交わせず、観客も消化不良で終わってしまった。
 勿論、誰も幸せにならないルールだなんて、あの問題児の肩を全面的に持つつもりは無い。教官の言った通り、団体の中の個として動く場合は集団のルールに従うべきだ。また、実戦経験の無い学生としても、自己流の動きをして怪我のリスクを高めるのは得策とは思えない。
「ね~カタリナぁ、あの噂聞いた~?」
「え、何の?」
「あの手合わせしてた傭兵の噂!」
「――先輩に取り入ってるって話だよー」
「はぁ」
「んもーカタリナってば。本っ当に色恋沙汰に疎いよねー」
 友人に軽くデコピンされて、はは、と笑いながら擦る。
「それで、それがどうかしたのか?」
「どうしたもこうしたも無いでしょ」
「一大ニュースだよー。あの、誰に話しかけられても仏頂面の先輩が、笑って相手してるんだよー?」
「良い事じゃないか」
「「良くない!」」
 口を揃えられてたじろぐ。理解出来ない私に、懇切丁寧に教えてくれた。
「伯爵家の跡取りがーあの若さで傭兵なんて危険な仕事をしてる人を相手にするなんて、それだけでスキャンダルでしょ!?」
「だいたいエルーンとドラフだよ? 家の人の反対は必至だよね」
「……そうか」
 その時は、彼に心底同情した。エルーンの貴族の子息は、ドラフの年若い傭兵と、仲良く言葉を交わす事すら歓迎されないとは。
「だいたいアンタ、のんびりしてる場合じゃないでしょ」
「そうそう。このままだと取られちゃうよ? あの子に」
「何を?」
「だから先輩をだよ!!」
「カタリナ、――先輩の事好きなんでしょ?」
「ハァ!?!? いっ、いつの間にそんな事に!?」
「え、違うの?」
「色々探り入れてくるし、てっきりそうなんだと」
「違う違う!」
「なぁんだ~」
「ま、それならそれで良いけどね。だってろくでもないじゃん、あの人」
 友人は肩を竦めると、教室の窓に肘をつく。
「あ、噂をすれば」
 体を傾けて覗き込むと、確かにあの問題児が赤毛の少女にちょっかいをかけていた。
「取り入ろうとしているのは先輩の方に見えるが」
「んん? 言われてみればそうかも」
「変わった人だよねー。定期試験はちゃんと受けるのに、卒業試験はすっぽかしたりさぁ。先生には反論するのに、生徒には何言われてもほぼ無反応だし」
 それらの言動にもきっと理由がある筈なのだ。もしかすると、暴力も好きで振るった訳じゃないのかもしれない。
「見下してるんじゃない? だってだぁれも敵わないじゃない、あの人に」
 でも、憶測や推測でものを言うべきじゃない。
「本人に訊いてみないと、わからないさ」
 私の言葉に、友人達は意外そうに振り返る。
「誰も直接理由を訊いた事なんて、無いんだろう?」
「じゃあカタリナが訊いてきてよ」
「そうだな、今度会った時な」
 友人は冗談で言ったのかもしれない。いずれにせよ、私が学校で彼と言葉を交わす事は、二度と無かった。

 その掲示が貼り出されたのは、翌週の事だった。
『――の姿を見かけた者は直ちに教員まで伝える事』
「なんだ、これ……」
 記されているのは例の問題児の名で、学校中、とうとう重大な事件を起こしたのではないかとその話題で持ちきりになった。
「失礼します」
 生徒会の用事で職員室に入ると、教官達はいつもよりも忙しそうにしている。
「ああアリゼ君、――君を見かけなかったかい?」
「いえ。今日は、まだ」
「最後に見たのは?」
「ええと……」
 持ってきた荷物を所定の場所に片付けながら、思い出す。
「先週の……視察団の方々が帰られる前日です」
「そうですか。そうなんですよ、帰りの護衛も彼はすっぽかして」
 教官は額の汗を忙しなく拭い、頭を抱える。
「ちなみに何時頃、何処で?」
「五限の前の休み時間です。教室の窓から。あの、若いドラフの傭兵さんと一緒に中庭を歩いていました」
「そうか。放課後以降の目撃情報が出て来ないな……」
「彼がどうかしたんですか?」
 教官は教頭の顔色をちらりと窺う。私は信用されているらしく、教頭が頷いたので教えてもらえた。
「騒ぎになるから広めないで欲しいのだけどね、行方不明なんだ」
「行方不明? いつもの無断欠席ではなく?」
「彼、普段は図書室に籠っているだけで、登校して来なかった事は殆ど無いんだよ。教室で皆とペースを合わせて学ぶのは、彼には逆に難しそうだったからそれでも良かった」
「そう、なんですか……」
「下宿にも行ってみたが蛻の殻でね。ああ、親御さんに何て説明すれば良いか……」
 結局、彼は見つからなかった。私が黙っていても行方不明の噂は生徒の間にも流れ、あの傭兵の少女と駆け落ちしたのだと実しやかに囁かれた。
 あり得る話だと思う。学校一の頭脳と運動神経を持っていた彼が、誘拐や魔物などの被害に遭うとは考えにくい。それにあの、気配を消した身のこなし。何処かの艇に忍び込む事も容易いだろう。
 別に寂しい訳ではなかったと思う。殆ど言葉も交わした事が無い。では何故、こんなにも心がざわつくのか。
「……私が一番になってしまったな」
 次の定期試験で、私の実技の点数は全校生徒の中で最も高くなった。
 ああ、そうか。この肩にかかるプレッシャー。久々で懐かしいと同時に、こんなにも重かったのかと感じる。
「カタリナすごいじゃーん」
「将来の出世は間違い無し! ってね」
 掘り出した石を研いて、磨いて。綺麗になったそれを褒めそやされ注目され、時にはありもしない瑕疵をでっち上げられる。
 私は誰かの為に磨いているのだからまだ良い。けど、それが自分の為のものだったら? 自分が大切に作り上げてきたものを無理矢理衆前に晒され、求めてもいない批評を受けていたのだとしたら?
 誰も興味を持たない様に、磨き上げた傍からその手で割ってしまうかもしれないな。
 瞬く間に月日は流れ、年度が変わる頃には彼の話をする者も居なくなった。類稀なる秀才は、こうしてアルビオンの卒業名簿に名を残す事無く消えてしまった。

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