宇宙混沌
Eyecatch

宝石 [2/9]

「あーそれ――さんでしょ?」
「知っているのか?」
「有名だよー。伯爵家の跡取りなんだってさ」
 同級生に彼の事を聞いてみると、かなり名が知れ渡っている様だった。
「えー? じゃあ付き合えたら玉の輿もあり得るってこと?」
「やめときなって。噂によると、親や使用人に暴力振るって家を追い出されたって話」
「こっわ」
「え、なんでそれでアルビオンに入れて残れてるわけ?」
 暴力を振るうなんて、騎士の風上にも置けない行動だ。私もうんうんと頷きながら、知っている者が居ないか友人達の顔を見る。真偽はともかく、情報通の友人が続ける。
「うち、給付型の奨学金あるでしょ? その財源の大半を出してるのが――家だって」
「そんな、賄賂みたいな」
「それに成績自体は優秀でしょ? 貼り紙見た?」
 首を横に振ると、友人は皆を引き連れて掲示板へと向かう。最上級生は先日定期試験があったところで、その結果が貼り出されていた。
「すごい……」
 思わず呟いた。トップはほとんど満点で、二位に大きく差を付けていた。そしてそこに記されている名前が、例の問題児。
「留年して二回目とはいえ、点数ヤバすぎない?」
「逆にマイナス三点、何をミスったの? って感じ」
「筆記じゃなくて、実技でイエローカード出された減点らしいよ」
 とんでもなく優秀、か。本当にそんな形容しか出て来ない。今のところ最下級[レッド・クラス]でトップの私ですら、調子が良くて九割五分がせいぜいといったところなのに。
「え? 天才じゃん?」
 友人の一人が何気なく言った言葉が、胸に刺さる。
『あなた天才よ。お母さんもお父さんも、鼻が高いわ』
『まさしく神童という感じだな。君はきっと将来立派になるよ』
 私は、そう言われて嬉しかった。だから期待に応えようと思った。応えて、きた。
 それは天から与えられた才能なんかじゃない。確かに、私は上背もあるし、実家も太くはないが決して貧しい訳ではない。生まれつきハンデがある人達に比べれば、少ない苦労や努力で勝ち進んできた自覚はある。
 けど絶対違う。決して楽して此処まで上り詰めた訳じゃない。それはきっと、彼も同じで。
「良いよねー持ってる人は。頭の作りが違うんだろうなー」
 違う違う違う違う。それなのに。
「羨ましい限りよね」
 友人の言葉に、私は首肯した。
 下から上を見上げる時は、上に立つ者の辛苦なんて知りたくないのだ。
 私ではどうやっても彼には敵わない。これまで一番を取る事が当たり前になりすぎていた私は、この絶対的強者を前にして初めて、責任を神様とやらに擦り付けた。
 彼は天才で、特別なんだ。そう思っておけば、私の力量不足は私の責任にはならない。

「私が、来賓護衛を!? でも、それって上級生が行くという話では……」
「君は優秀だし、是非とも視察の方々に紹介したいのだよ」
 誇らしかった。例のエルーンとは、学年も離れていて滅多に顔を合わせる事が無い。二回目の定期試験の時期に、掲示板にまた名前が踊っていて心がざわついたが、考えないようにした。
 私は私だ。誰かと比べる必要は無いし、こうして私の努力を認めてくれる人も沢山居る。
 るんるんとした気分で廊下を歩いていると、上級生の三人組とすれ違う。
「お疲れ様です」
「おっカタリナちゃ~ん、お疲れー」
「お疲れ~」
「……お疲れ」
 その内の一人は、先週校舎裏に私を呼び出して告白してきた生徒だった。私は相手の事をよく知らなかったので、断ってしまった。ぎこちなく会釈して、立ち去ろうとする。
「なんか嬉しそうだったね、カタリナちゃん」
「あれじゃね? 今度の来賓護衛隊に選ばれたって噂」
「おー凄いじゃん」
「ふん」
 背後から聞こえてくる会話を聞きたくないのに、静かな廊下には声が響く。
一年生[レッド]からは一人だけだろ。教師に色目使ったんじゃないの」
 思わず足を止める。そんな事していない、と叫びたくなるのを、歯を食いしばって、堪えた。
 選ばれなかった者からすれば、選ばれた者が何を言っても無駄だ。全く同じ教育を受けても、生徒間には点数という順位が付けられる。その差を作るのは本人の努力は勿論だが、彼の言う様に、決める者の贔屓も、ゼロではない。
「その理屈で行くと、留年生の僕が選ばれたのも、僕が色目使った事になるねえ」
「「「うわああっ」」」
 三人の悲鳴に振り返ると、青い髪のエルーンがそこに合流していた。エルーンは分厚い本を肩に乗せている。
「驚かすなよ……」
「つかどっから出てきた?」
「普通に図書室から歩いてきてたんだけど、気付かなかった?」
 エルーンは廊下の突き当りの扉を示す。
 気付かなかった。足音も一切しなかった。まるで忍者の様な振る舞いに、背筋が薄ら寒くなる。
「って、お前も護衛隊に選ばれたのか……」
「まあね。全校生徒の中から実技の成績優秀者をピックアップしてるんでしょ。まかり間違っても来賓に怪我をさせる訳にはいかないし」
「お前、選ばれたからにはちゃんと行けよ?」
「どうしようかなあ」
 エルーンは卑屈に笑う。
「必要無いと思うし、いっそ行かない方が何かやらかす心配も無いんじゃない?」

闇背負ってるイケメンに目が無い。