宝石 [1/9]
イエローカルサイト
宝石は鉱石として掘り出され、適切に削り出し磨かれる事で、やっと輝く事が出来る。
真珠も手間暇かけて育て上げなければ、この世に存在する事も無い。
それをきちんと理解している人間が、この世にどれだけ居るのだろう。
「アリゼさん、入学式の答辞、立派でしたよ」
「ありがとうございます」
「原稿は自分で書いたの?」
「はい。最終確認はしていただきましたが……」
私は念願のアルビオン士官学校に入学した。名誉な事に、入学式で新入生代表として挨拶まで。
「そうなの。期待しているわ。これから頑張ってね」
「はい!」
式が終わり、下宿に帰ろうとしていた所、教官の一人に引き留められていた。早速褒められて、気分は良い。
「いくら成績が良くても、日頃の行いが良くないと何にもなりませんからね。アリゼさんはそんな心配は無さそうで、安心です」
「……と言いますと?」
「何年かに一度は、とんでもなく優秀な生徒が出てくるんです。アリゼさんのようにね。そういった生徒の殆どは、普段の振る舞いも騎士として相応しいのですが……」
「素行が悪い生徒が居ると言う事ですか?」
教官は頷く。
「本当は先月卒業して、居なくなっている予定だったのだけど……アリゼさんに言う事ではなかったかしらね。でも貴女に、悪い例を普通だと思って欲しくないのよ」
「わかりました。気を付けます」
それでは、と言って踵を返した時、ふわっと鼻をくすぐる匂いがする。顔を向けると、黒い制服の生徒が側を通り過ぎようとしていた。
アルビオン士官学校には、年齢による入学制限も無ければ、退学期限も無い。実力主義のこの学校では、入学試験に合格すれば赤い制服を与えられ、進級試験に合格すると青、黒、とまた新しい制服が与えられる。
そもそも入学が狭き門だが、厳しい進級基準をクリアできず、自主退学という形でこの島を去る者も少なくない。その為、下級生が上級生を敬う文化があった。
黒の上着は最上級生だ。私も挨拶しなければと、笑みを作る。
「お疲れ様です。失礼いたします」
上級生は挨拶を返してくれなかった。え、今の聞こえなかったのか? 確かに相手は俯いていたけど、私は別に声が小さい訳じゃな――
「――さん! まったく貴方何処に行ってたんですか!?」
思考は先程の教官の大声に中断される。驚いて耳を塞ぎながら振り返ると、先程の上級生が捕まっていた。
「貴方、祝辞の読み上げ担当でしょう! 入学式を丸々すっぽかして!!」
上級生もエルーンの長い耳を折り曲げて爆音を防いでいる。
「言い訳があるなら聞きます。今まで何をしていたんですか」
「行きたくなかったので図書館に居ました」
エルーンは整えた青い髪を触ろうとして、乱すのが嫌だったのか直前で手を下ろす。教官はヒステリックに説教を始めた。
祝辞の読み上げは普通、在校生の成績優秀者から選ばれるはず。だからすぐに判った。あれが優秀だが、素行不良の生徒だと。
「……代理の生徒を用意していて、その人がつつがなく進めたのでしょう? 問題無かったのなら良いじゃないですか」
教官が一息吐いた所で、生徒が反撃する。
「それは、貴方が普段から無断欠席常習犯だからですよ!」
「第一、首席だから祝辞を読むというのがよくわかりません。挨拶を読み上げるだけなら、もっと適した人材が居るでしょう。声が良く通るとか、人前で緊張しないとか」
それが教官の機嫌を更に損ねた様だ。彼は懲罰部屋行きを命じられると、一人で大人しく何処かへ向かった。
「あ、あらアリゼさん、まだ居たのですね。ホホホ……」
私の存在に気付いた教官と気まずく笑い合い、今度こそ帰路に就く。
想像していたよりも典型的な問題児という感じで、正直驚きだ。あれだけだらしがなくて、よく退学にならないものだな。
『悪い例を普通だと思って欲しくないのよ』
彼は普通じゃない、という事か。学校側としても、簡単に追い出せない理由があるのだろう。
「ねーカタリナー。宿題教えて~」
「お前凄いよなあ。剣術の試合、男子も誰も勝てないじゃん」
「また貴女が首席ですよアリゼさん。実に素晴らしい。これからもこの調子でね」
「ありがとうございます」
昔からちやほやされたり、期待されたりする事には慣れている。自分ではよくわからないが、幼少期から将来は別嬪になると親戚から褒めそやされた。学校に入ると、運動や勉強が他の子供よりも得意な事に気が付いた。
この力は、私の事を愛してくれる皆の為に使うべきだ。そう信じて、騎士の道を目指した。
「あ、ほら、来たぜ。カタリナちゃ~ん、放課後スイーツ食べに行かない? 奢るよ?」
「すみません、今日は生徒会の仕事があるので」
二階の窓から誘ってきた先輩に頭を下げ、私は校舎の北側のごみ捨て場へと急ぐ。生徒会室から出てきた古い書類を処分しているのだ。
「すっ好きです!」
校舎の角を曲がろうとして、その先から女生徒のそんな声が聞こえた。慌てて立ち止まり、隠れて聞き耳を立てる。告白現場に乱入するような無神経さは発揮したくない。
「付き合ってください!」
続く沈黙。あまり遅くなりたくはない。気付かなかった振りをしてごみを捨てに行こうかと書類の束を抱え直した時、何処かで聞いた声が聞こえた。
「僕は君の事が好きじゃない。ごめんね」
少女がわっと泣き出し、走って何処かへ行ってしまった。
もう捨てに行っても良いだろうか? 良いよな?
改めて角を曲がると、そこには誰も居なかった。おかしいな、ごみ捨て場への道は私が立っていた所しか無いはずなのに。
まあ良いか、と歩を進めると、ふわり、と学びの場には似つかわしくない香りが鼻をくすぐる。
横を見ると、例の問題児が空き教室の机に脚を投げ出していた。向こうも横目で私を見て、目が合う。
「あっ、お疲れ様です」
一応先輩だ。挨拶をすると、今日は「お疲れ」と返事があった。
私はとりあえず書類を焼却炉に放り込んでから、空き教室の前に戻る。
教室の窓は閉められて、中にはもう誰も居なかった。
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