嫌と言うまで [5/7]
「だから! お父様には会わないって!」
「うわっ!」
「坊っちゃ~ん、暴力反対~」
「喧しい! 暴力じゃなくて魔法だし!」
「腕力も魔力も強くなっちゃってー。こりゃ、次回は捕まえるの五人がかりですかね」
「ブフォッ」
「あ、すみません」
「君ねえ! 足掬うのは危険! 僕のハンサムな顔が台無しになったらどうしてくれるの!」
「だったら大人しく従ってくださいよ~」
中年の男性が座るソファの後ろに隠れた状態では、音声から状況を想像するしかなかった。とにかく、警備四人とドランク一人で格闘しているようだ。
「――」
男性が透き通るような響きの名を口にした。廊下から聞こえていた騒ぎが静まる。長い長いドランクの溜め息が聞こえて、それから、聞き慣れた足音が部屋に入って来た。
「お久し振りですお父様」
ああ、やはりか。
「それではごきげんよう」
「待ちなさい」
即行踵を返したドランクを男性が呼び留める。
「母様の墓参りは構わないが、屋敷に寄ってからにしろとあれほど」
「僕は屋敷には用はありませんので。それじゃ」
「とりあえず茶は飲んで行きなさい。暑かったろう」
そう言われ、いつもよりもゆっくりと腰を下ろす音がする。
「……いい加減、戻ってこないか?」
「嫌ですね。まだ霧の島、見つけられてませんし」
「見つけたところで母様はもう居ない」
「おばあちゃんのお姉さんは生きてるかもしれない!」
「幾つになっていると思っているんだ。それにやはり、傭兵は不安定なんだろう?」
「ご心配なく。これでも連休取れるの三ヶ月ぶりなんで」
「一昨年と同じ服だ」
チッ、と舌打ちが聞こえた。ドランクのか? いつもの印象とあまりに違って困惑する。
「別にこのままお家取り潰しで構わないじゃないですか。政治はとうに民主化してるし、形だけ権利を保証してもらってただけじゃない」
「家の事はどうだって良い」
男性の言葉の直後、茶の入ったカップが飛んできて、あたしの目の前の床に落ちて砕けた。使用人があたしの存在がバレないよう気を遣いつつ、破片を拾いに来る。
「『どうだって良い』?」
聞いたこともない低い声が響く。
「今更……そんな言葉が信じられるとでも?」
「本心だ。お前だけでも、傍に居てくれ」
「ああ、そうね。だってもうお母様は居ないものね」
ごめんね手間かけて、と破片を拾っていたメイドに声をかけてから、ドランクは続ける。
「貴方がそうやって追い詰めたから」
「…………」
「僕と一緒にね」
「……昔の事は、反省している」
「聴き飽きた。それに、僕にとっては昔の事なんかじゃない」
ドランクは立ち上がり、部屋を出ていく。男性はもう引き留めずに、あたしを振り返った。
「怪我は?」
「大丈夫です」
「見苦しいところを見せたね」
あたしはドランクが座っていた場所に座る。使用人が新しい茶を持ってきてくれた。
「何があったか知りたいかい?」
「いいえ」
あたしは茶だけありがたく頂いて、はっきりと言った。
「知りたかった事は、全て解りましたので」
ドランクの父親は、これで服でも新調しなさいと、幾ばくかのお金を渡して街まで送ってくれた。息子が帰って来ている事を知らせてくれた礼だと。
乗り合い騎空艇を待ちながら、考えをまとめる。ドランクは、自分が理想の息子になれなかったから、子供を持つ事に怯えているんだろう。自分がろくでもない父親と思われる事にも、子供に間違った育て方をしてしまう事にも。
結局、何が正解かなんて、やってみなければ解らない。あたしが子供時代の話をすると、やれ児童労働は虐待だの、親の家族計画がなってないだのと批判される事も少なくない。それでもあたしは家族が好きだし、家族もきっと、そう思ってくれている。
ドランクだって、あんな大きな屋敷に住んでいて、跡取りとして十分な教育を受けてきたに違いない。それは、多くの人が羨むものだ。でも、ドランクの望む人生じゃなかった。ただそれだけだ。
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