嫌と言うまで [2/7]
「片付いたか?」
「うん。鍵もちゃんと返してきた」
あたし達はそれぞれの家を引き払って、港で騎空艇を待っていた。ドランクと共に、あたしは生まれ育ったこの国を出る。
ドナに、家族からの手紙の宛先をギルド本部にしたからと伝えに行くと、やれやれと肩を竦められた。
『駆け落ちなら、もっとそれらしく夜逃げでもしておくれよ』
『駆け落ちではない』
『似たようなもんだろ』
ドナはあたしの気持ちを尊重してくれているけれど。
『私がお前の親なら反対してる』
『……そうだな』
異種族同士の結婚なんて。
あたし達は、子供の頃から同種族の人間と結婚する様に言い聞かされて育つ。多くの人間はその事に疑問を持たず、家庭を望む者は、同じ種族の相手を見つけて結婚する。
これまではそれで良かった。ところが、近年では騎空艇等の交通手段も発達し、他の種族との交流も増えた。交流があれば、そこに愛も生まれ得る。
ドナも昔そうだったのだ。あたしと同じ様に、エルーンの男に惚れた。でもどうしても子供が出来なくて、医者に行って突き付けられた事実。
異種族間で子を成せる可能性は、極めて低い。
その事実を多くの人間は知らない。気にする事も無い。あたしはただ、身近に先人が居たから忠告を受けただけ。
『私には出来なかった。あの人と一緒に居ること』
「スツルム殿?」
呼びかけられて、現実に戻って来た。
「やっぱり寂しい?」
「いや」
周囲に風を吹かせながら、乗り合い騎空艇の大きな船体が港へと入ってくる。
「考え事をしてただけだ」
要は子供を望まなければ良いだけの事。
あたしはそれで良い。でもドランクは?
「よしっ! じゃあ行こうか。荷物持つよ」
「いい。自分で運ぶ」
ドランクに取られる前に、鞄を持ち上げる。ドランクは少し寂しそうな顔をする。
初めてした時の反応からして、ドランクはきっと事実を知らない。知らせたら、この程度の表情では済まないだろう。
二度目以降は、あたしとドランクとの間に薄い膜が張られるようになった。その方が都合が良い。妊娠しなくても怪しまれないし、万が一身重になって仕事が出来なくなる心配も無い。
ドランクの髪を伝って落ちた汗が、あたしの頬に当たる。もうそんな季節か。
「ごめん」
ドランクがそれに気付いて、指で拭った。
「暑……。そうだ、今度のお休みはアウギュステとかどう? お金も貯まってきたし、僕達デートらしいデートもした事無いでしょ?」
「そうだな」
考え事をしていたので、口が適当な相槌を打つ。
極めて低い確率というのは、どのくらいなのだろう。毎日しても何年も望めないようなものなのだろうか。
別に子供なんて要らないと思っていたのに。でも、いざ作れないとなると、どうしてか欲しくなるのだった。眼の前の愛する人の子供が見たいと思った。
無い物ねだりなんてするもんじゃない。昔はあたしが弟妹達に言い聞かせていたのに。
「家族連れも多いねえ」
その夏、二人でアウギュステのビーチを歩いた。ドランクは始終楽しそうだったが、あたしはなんだか落ち着かなかった。こういう華やかで騒がしい場所は、やはり性に合わない。
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