宇宙混沌
Eyecatch

大人の恋


 いつだったか妹が言っていた。子供の恋は告白がスタートだが、大人の恋は告白がゴールなのだと。相手に好きだと言えるようになるまでに、そういう関係を深めておくのだと。
 適当に聞き流した言葉があたしの頭に浮かんだのは、他ならぬ相棒の所為だった。
「好きだよ」
 いつになく真面目な響きのそれは、あたしの思考を奪う。
 確かに、今年の夏は休みの日にアウギュステで二人で遊んだ。何回も恋人同士に間違えられたが、普段からそう珍しい事ではないのでスルーしていた。
 それからのあたし達も特に今までと変わらない。ドランクが解ったような顔をしてあたしの考えを読むのは前からだし、宿の部屋も別、何なら互いの本名さえ未だに知らない。第一、十年も相棒をやってきて、今更、急に言われても……これはゴール、なのか?
 隣に座った男の顔を見上げれば、大きく開く口が目に入る。熱っぽい手があたしの手の甲を覆った。
「スツルム殿は?」
 ここで頷けば、それを縁取る薄い唇や夏の日に見た厚い胸板と、自分のものを重ねることになるのだろう。それは、考えるだけで顔に火が付きそうで。
「ちょ、ちょっと待て」
 慌てたあたしは何か適当なことを口走る。
「そうだ、故郷の幼馴染と約束してるんだ。だからその、都合が――」
「……そう」
 ドランクは耳を垂れ下げて、部屋を出て行く。しんとした時間が流れて漸く、あたしは酷く相手を傷つけたことに気付いた。
 今の、結婚の約束という意味に捉えられただろうか。とにかくこの場から逃げ出したくて「用事がある」という意味でついた嘘だが、冷静に考えればあの文脈では前者と思うだろう。
 ドランクを追いかけて部屋を出る。宿の扉には「Do not disturb」の札がかかっていた。あたしは自分の部屋に戻る。不機嫌を口に出しはしないが、読書や勉強の邪魔をしてしまうと、眉間に皺が寄るのを知っていた。
 夕食のときにでも誤解を解けば良い。そう思っていたのに、廊下に現れたドランクがあまりにいつも通りで、あたしは話を切り出すきっかけを終ぞ掴めなかった。
 明日言えば良い。ああ、今日も言えなかった。また明日……そう思っているうちにひと月が過ぎ、あたし達は移動の都合でグランサイファーに一時的に乗せてもらう事になった。

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