墓前にて [3/4]
「よいしょっと」
ドランクは屋敷中を調べ回っていた。高い位置の燭台に台に乗って手を伸ばし、細工を確認する。
出るわ出るわ。一体どうやって仕掛けたのだろう、なんて愚問だ。どうも外出時や来客時以外は本当に使用人扱いされているらしい。手が荒れるとまずいので、手袋をして出来る作業を主に任されているようだった。
「よくもこんな仕掛け思い付いたな、っと」
我ながら良く出来た弟だ。燭台の点検をする振りをして、仕掛けられた魔法を一つ一つ解除していく。
墓に隠されていたのは、魔法陣が描かれた石だった。恐らく対になっていて、墓石に誰かが近付いたらもう片方に合図を送る役割を果たしていたのだろう。
そして、もう片方と組み合わせれば、この屋敷中に仕掛けられた魔法の起爆スイッチとなるらしい。屋敷ごと燃やし尽くしてしまうつもりか。
あまり積極的に考えたくはないが、屋敷を燃やす動機があるのは異母弟だけだろう。父親や義母、そして使用人が諸共居なくなれば、家督は彼のものだし、彼がこの家の長男ではないと知る人間は誰も居なくなる。
ドランクと、彼の母親を除いて。
彼はきっと知っていたのだ。ドランクが毎年、誕生日頃に墓参りに戻って来ている事を。そして偶然を装って接触し、入れ替わり、ドランクを含めた全員が屋敷に居る時間に起爆する。此処は街から離れているから、小規模な爆発なら音は届かないし、消防隊が駆け付ける頃には火事の原因なんて判らなくなっているだろう。
だが、大きな計算違いをしていた。他に磨かれない様に墓石を綺麗に保っていたのだろうが、形式的な儀式というのは、その場の状況でやるやらないを変えたりしないのだ。
「これで全部、かな」
台から下りて一休みしていると、足音が聞こえてきた。姿を見なくても解る。この不必要に歩幅を取る歩き方は、父親だ。
別に顔なんて見たくない。ドランクは台を抱え上げると、そそくさと異母弟に割り当てられた部屋へと踵を返した。
それでも、殺すには忍びない。曲がりなりにも、家族なのだ。例えそれが、血の繋がりだけで形を保っているものだとしても。
「ただいま、母さん」
ドランクに瓜二つの男は、ボロアパートの一部屋をノックする。返答は無い。
「開けるよ?」
「うちに何の用?」
ドアノブに手をかけた時、色っぽいヒューマンの女に声をかけられた。どう見ても彼の母親ではない。
「え、あの、此処にエルーンの女の人が住んでましたよね?」
「ああ、あたしの前はね。病気で死んだとかで、あたしは安く借りれて助かってるけど」
それを聞いた男はアパートを飛び出す。スツルムは慌ててその背を追った。
「おい! 轢かれるぞ!」
間一髪、馬車が目の前を通り過ぎて行く。男は歯をギリギリと食いしばっていた。
「死んだ……? なんで? お父様は治療費を……」
ポケットから魔法陣が描かれた石を取り出す。舌打ちを隠そうともしなかった。出発前に墓石に置いてあった分を回収しに戻ったものの、やはり異母兄は気付いていたらしい。見つからなかった。
「護衛は此処までで結構です、スツルムさん」
「良いのか? 墓が何処にあるのかくらい――」
「どうせ共同墓地ですよ。大体、死んだ人間の墓の前で手を合わせたって、何にもなりゃしない」
そんな寂しい事、ドランクなら多分言わない。スツルムはそう思ったところで、ぶんぶんと彼の顔を脳内から追いやった。目の前に居る瓜二つの顔を見つめる。
「わかった。依頼人がそう言うんだから……と言いたい所だが、ドランクの手紙には――島の港までは送れと書かれている」
「流石に抜け目無いね。俺も逃げる気は無いけどさあ。……貴女は、ドランクの使用人なの? それとも恋人?」
「はぁ?」
「だって従順じゃん?」
「相棒だ。どうせあたしも暇だからな。それに、勝手な行動をして合流に時間がかかるよりは、指定された場所に大人しく出向く方が手間が無い」
「そう。良いと思います、その考え方」
手本にしたい人、か。男は握り締めていた拳を緩める。
せめて、自分にもそんな人が居たら良かったのにな。
「じゃあ、最期までお付き合いください」
無いもの強請りはしたってしょうがない。
でも、奪われたものを――帰る場所を、相手からも奪い取る事は、出来る。
スツルムは頷く。二人は港へと向かった。
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